「あん」は、一度映画化されている。河瀬直美の脚本・監督で、樹木希林が主役をつとめた。その映画をわたしも見たが、しかしあまり感動しなかった。同じ原作を、杉浦久幸という人が脚本を書いて、演劇とした。それが劇団朋友の「あん」で、こちらのほうが感動した。でも最後の、「どら春」の店長が泣き出すという場面があったが、これはいただけない。わたしなら、満月の月の光に照らされながら、徳江を思い出しながらたたずむ、というようにする。その前段で、女子高生のワカナが泣くという場面があったが、こういう劇では、泣く場面はひとつだけにしたい。
さてこの劇は、ハンセン病者(といっても、後遺症が残っているだけでもう完治している)に対する差別をあつかったものである。ハンセン病についての知識をもっている人はあまり多くはないと思う。その意味で、この問題を劇団朋友がとりあげたことを大いに評価したい。
劇のなかで、「どら春」の店長が、ハンセン病の現状をネットの記事を読み上げることで説明していた。まだまだハンセン病の理解は進んでいないから、そうした説明は必要だ。さらにハンセン病にかかった人びとが国家によりどのような差別的待遇を強いられたのかが、劇の展開のなかで明らかにされていた。その意味で、きちんと背景が説明されていた。
徳江のような過酷な人生を生きてきたからこそ、彼女のことばはこころにグサッとくる重い内容をもつ。朗読された詩も、そうしたものとしてあった。
ワカナも、徳江に対していっさいの差別的な視線をもたずに、同じ人間として接することをしていた。
人間が生きていく上で、他者の尊厳、もちろんみずからの尊厳も、認めあうこと、生きるということの無条件の価値を、他方で主張していたように思う。
とてもよい劇であった。人間存在を考える契機になる。若い人にみてもらいたい劇であった。
わたしは、いろいろあるなかで、究極的な差別は、ハンセン病者に対するものだと思っている。今まで、差別の問題では、被差別部落、在日コリアンの歴史を研究してきたが、最後はこのハンセン病に取り組みたいと思っている。