「この部屋をそのまま残しておくことが、私たちのすべきことなのだと思うんです」という説明を聞きながら、ボクはカメラを天井に向けていた。天井板には、節が見えた。一つ、また一つ・・・・彼は、この天井を見続けていたはずだ。天井の節を一つ、また一つと眼を動かしながら、彼は何を思い続けたのだろうか。
もう何もない。袋の中には、聖書、明治憲法、そしていくつかの小石。
何ということだ、少なくとも憲法というものがあるのにもかかわらず、人民の権利は徹底的に蔑ろにされている。毒を流す者が罰せられず、その毒によって生活を破壊された者が苦しみ続ける。そういうことがあってよいものか。いや、断じて!
おそらく、もうこの部屋からは生きては出られまい。
事件の数々が、走馬燈のように浮かんでは消えていく。何かをし残してるのではないか。全力を尽くしてきたのか・・・自問自答する。
隣の部屋からは、見舞いの者たちの声が聞こえる。「面会謝絶」という声も聞こえた。今生の別れのときが来たようだ、と彼は思った。
じっと天井を見つめる。天井の彼方に、彼はいくつかの光景を思い浮かべる。
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豊かな土壌を運ぶ渡良瀬川の水が、谷中に運ばれてきた。いつものように人びとは、その水をやりすごす。ずっとそうして生きてきた。水が引いたら、農作業が始まる。
そして突然、家屋を破壊する音、「出ていけ!」という怒号が聞こえてくる。
しかし農民は、じっと座り続ける。官憲が行うことを凝視する。その眼は、渡良瀬川をさかのぼって、足尾銅山に向かう。煙が谷を覆い、その煙は風に乗って谷筋を走る。その煙は、谷の両側の草木に次々ととどめを刺していく。断末魔の声がこだまする。だがその煙を排出する者どもには、それは聞こえない。
彼は、畳の上で、その断末魔を聞く。
ボクは、天井に刻印された彼の凝視の痕跡を見ようとした。確かに、ボクはその痕跡を見た。天井は、「天井見たか」(意味は、恐れ入ったか、降参したか)という彼のつぶやきを語り続けていた。
だが、足尾の山々を破壊し、下流域の人びとの生活を破壊した者どもには、そのつぶやきが届かない。その頃から今もなお、その者どもはほくそ笑んで、カネ、カネ・・・・と叫びながら、鉱毒を垂れ流している。
ボクは、その凝視の痕跡が、ボクにも向けられていることを感じた。彼が亡くなってもう100年が経過する。彼の、「何も変わっていない、お前はどうする?」という声が、天井から聞こえたような気がした。
今週、ボクは田中正造の足跡、足尾銅山による破壊の跡を訪ねた。そのいくつかを報告していくつもりだ。
もう何もない。袋の中には、聖書、明治憲法、そしていくつかの小石。
何ということだ、少なくとも憲法というものがあるのにもかかわらず、人民の権利は徹底的に蔑ろにされている。毒を流す者が罰せられず、その毒によって生活を破壊された者が苦しみ続ける。そういうことがあってよいものか。いや、断じて!
おそらく、もうこの部屋からは生きては出られまい。
事件の数々が、走馬燈のように浮かんでは消えていく。何かをし残してるのではないか。全力を尽くしてきたのか・・・自問自答する。
隣の部屋からは、見舞いの者たちの声が聞こえる。「面会謝絶」という声も聞こえた。今生の別れのときが来たようだ、と彼は思った。
じっと天井を見つめる。天井の彼方に、彼はいくつかの光景を思い浮かべる。
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豊かな土壌を運ぶ渡良瀬川の水が、谷中に運ばれてきた。いつものように人びとは、その水をやりすごす。ずっとそうして生きてきた。水が引いたら、農作業が始まる。
そして突然、家屋を破壊する音、「出ていけ!」という怒号が聞こえてくる。
しかし農民は、じっと座り続ける。官憲が行うことを凝視する。その眼は、渡良瀬川をさかのぼって、足尾銅山に向かう。煙が谷を覆い、その煙は風に乗って谷筋を走る。その煙は、谷の両側の草木に次々ととどめを刺していく。断末魔の声がこだまする。だがその煙を排出する者どもには、それは聞こえない。
彼は、畳の上で、その断末魔を聞く。
ボクは、天井に刻印された彼の凝視の痕跡を見ようとした。確かに、ボクはその痕跡を見た。天井は、「天井見たか」(意味は、恐れ入ったか、降参したか)という彼のつぶやきを語り続けていた。
だが、足尾の山々を破壊し、下流域の人びとの生活を破壊した者どもには、そのつぶやきが届かない。その頃から今もなお、その者どもはほくそ笑んで、カネ、カネ・・・・と叫びながら、鉱毒を垂れ流している。
ボクは、その凝視の痕跡が、ボクにも向けられていることを感じた。彼が亡くなってもう100年が経過する。彼の、「何も変わっていない、お前はどうする?」という声が、天井から聞こえたような気がした。
今週、ボクは田中正造の足跡、足尾銅山による破壊の跡を訪ねた。そのいくつかを報告していくつもりだ。