2020年11月27日、第46回燮会が開催されました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。
9月、10ヶ月ぶりに再開、来年からはオンラインのみの会も新設予定の燮会ですが、今回新たな試みとして、実地での会にオンラインでの参加を可能とする、ハイブリッド形式で行いました。これまでは東京開催であるため、どうしても地方の1級会員の参加が難しかったのですが、オンラインを併用することでその制約を取り払うことが可能となりました。その結果、北海道の帯広からご参加いただいた1級会員の方もいらっしゃいました。新型コロナ感染拡大の影響で、私たちは様々な制約を余儀なくされましたが、これを機にオンラインミーティングが一気に加速したことは、良い側面の一つだったと言えるかもしれません。
さて、いつものように第一部は交渉理論研究。第11回は「決定分析」の最終回、「意思決定のための予測力を高める」と題してお話させていただきました。初めは、前回の「ベイズ的意思決定」の続きから。ベイズ理論は、意思決定にあたり事前確率が不確実である場合、意思決定者の主観確率を許容しますが、まず、事象の発生確率が予測できない場合、全ての事象の発生確率を等しいと仮定する「理由不十分の原則」についてお話させていただきました。
続いて、新旧のデータがある時、旧データから得られた事後確率を新データの事前確率として利用する「ベイズ更新」について。ベイズ更新では、データが新しくなる度、それに合わせて推定値が更新されるので、次第に推定の精度が高まっていきます。つまり、経験を生かせるところがベイズ理論の特徴であり、現実の人間に意思決定に近いと言えます。
本「交渉理論研究」はH.ライファ著、“Negotiation Analysis”をベースにしていますが、ライファはベイジアン(ベイズ主義者)であり、彼の教え子でハーバード大学教授のR.ゼックハウザーによれば、ライファはベイズ的な考え方を現実世界に適用することで、人々がより望ましい意思決定ができるようになり、家族・地域社会・国家・世界の改善につなげられると考えていたようです。
さて、いくら主観的確率を許容するとは言っても、適当でよいというものではなく、意思決定に当たってはできる限り正確な情報を得て判断する努力をすべきであることは言うまでもありません。しかし、実際にはあまりにも情報が漠然としすぎていて、判断が難しい場合もあります。ベイズ理論からは離れますが、そのような捉えどころのない数字を、いくつかの手掛かりを元に常識と四則演算で論理的に推論し、短時間で概算する、「フェルミ推定」と呼ばれる予測力を高める方法があります。「フェルミ推定」は、1938年にノーベル物理学賞を受賞し、この手の推論を得意としたエンリコ・フェルミに由来します。
例えば、「日本に電柱は何本あるか?」というような問題です。僕は以前この問題に取り組んだ時、まず電柱が何m間隔で立っているか(ざっくりと25m)、100㎡の土地に電柱は何本立っているか、日本の国土面積(約38万㎢)、国土の約75%は山地である、などの一般的な知識から導き出せる数字を元に推定を行いました。その結果、2,700万本と推定したのですが、実際には3,300万本だったそうです。それでも大雑把な数字だけで推定した割には、そこそこの推定ができるものだなと感心した次第。
最後に、ペンシルバニア大学のP.E.テトロックは、予測力が高い人の思考法の特色を調べた結果、予測力は「生まれつきの才能ではなく、特定のものの考え方、情報の集め方、自らの考えを更新していく方法の産物であり、学習可能である」と結論付けています。テトロックは著書の中で、予測力を高める思考的習慣として、以下のようなことを述べていますが、これらは交渉においても重要なポイントなのではないかと思います。
1.予測可能な事象に集中する(無駄なことに時間をかけない)。
2.一見手に負えない問題は、手に負えるサブ問題に分解する(divide-and-conquer)。
3.事象と距離を置き、その事象が母集団の中でどれだけ一般的かを問う(「基準率」を導く)。
4.新たなに得られた情報に基づき、確率を小刻みに更新する(一気に更新する場合もある)。
5.自分の意見は検証すべき仮説にすぎないと心得、多様な視点に対して積極的柔軟性を持つ。
6.不確実性について、頭の中に三つ以上の選択肢を持つ。また、曖昧な言葉で語っていた直観を確率に転換する。
7.自信過少と自信過剰、慎重さと決断力の適度なバランスを見つる。
8.失敗したときには原因を検証する(「後知恵バイアス」に注意)
9.相手の立場を理解する、正確な問いかけをする、建設的対立。
10.実際にやってみてフィードバックを得る。
+α.10箇条を絶対視しない(絶対のルールはない)。
続いて第二部ですが、日本交渉協会事務局で1級会員の船戸滉哲さんより、近日リリースされる新プログラム「交渉アナリスト謝罪エキスパート」コースの紹介がありました。本コースは、第15回ネゴシエーション研究フォーラムでご講演頂いた、名古屋大学大学院、川合伸幸教授の監修による認知科学に基づいた怒りの感情の理解および謝罪について学びます。「怒り」や「謝罪」については、上記フォーラムの記事をご覧ください。
ひとつ印象に残ったのは、謝罪においては理由が後に来るという点です。これは、ハーバード大学のE.ランガーが「依頼」について行った有名なコピー機の順番待ちの実験とは逆ですね。
来年から燮会は回数も増えますし、オンラインのみの会や今回のようなハイブリッド形式も織り交ぜながら、より参加しやすい形にしていく予定です。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした