窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

日本交渉学会全国大会に参加しました

2024年11月12日 | 交渉アナリスト関係


 11月9日、京都大学吉田キャンパスにて開催された、日本交渉学会の全国大会に初めて参加しました。時間の都合で最後の基調講演は拝聴できなかったのですが、研究発表でとったメモのみ簡単にまとめておこうと思います。

1.田代耕平氏(弁護士・札幌総合法律事務所)
『合理的交渉人モデルの実態調査』

 立命館大学の東川達三は、経済学の合理的経済人モデルを交渉に当てはめた「合理的交渉人」は存在しないと述べている。しかし、オンラインフリーマーケットのような匿名性の高い環境では、合理的交渉人モデルが表出するのではないかという仮説の下、インタビューとアンケート調査による実態調査を行った。

 結果。大島(2006)によれば、オンラインフリーマーケット「メルカリ」はオンラインオークションサイト「ヤフーオークション」と比べ、人に対する信頼が希薄と言われている。実際、アンケートによると、オンラインフリーマーケットでの売買交渉で「うざい」と感じたことの実に56%が「無理な値下げを要求された」となっている。

 オンラインフリーマーケットでジオラマを出品した40代男性。購入者が「(思っていたのと違い)見劣りがする」というクレームを入れ、修理を要求。しかし、「見劣りがする」というのは購入者の主観の問題である。結果的にこの出品者は、他のジオラマを無償でつけることで妥結を図った。出品者曰く、「(商品を手に取れない)フリーマーケットであることを売買双方が受け入れる必要がある」とのこと。また、5回以上の出品経験がある20代女性は、「相手がマナーを守る相手であるかを見極めることが重要である」と述べている。

 仮説ではオンラインフリーマーケットの売り手、買い手双方が合理的交渉人として振舞うと想定していたが、実際には出品者の方が購入者より交渉力が弱く、利己的に行動するのは購入者の方に偏っているように思われた。売り手と買い手とでは損失回避行動の目的が異なるのではないかとの結論。

2.加納榮吉郎氏(株式会社コベルコE&M 機電事業部・専門部員)
「交渉者が怒りを表出することの得失について」

 従来のハーバード流の交渉研究は、感情の影響に対して無頓着であったと思われる。しかし、現実の交渉では、戦略的に「怒り」を利用する者がおり、実験では純粋な分配型交渉では怒りの感情を表した交渉者の方が良い結果を収めたとの報告もある。しかし、「怒り」の濫用は、人間関係にダメージを与える恐れもある。「怒り」を表出するメリットとデメリットを力関係と時間について見てみると、力関係で強者にある者は「怒り」の表出によって意思を押し付けることができるのかもしれないが、弱者にある者は、報復を受ける恐れがある。また、時間について見てみると、「怒り」の表出は短期的には功を奏するかもしれないが、長期では怒りの内容の正当性が検証されるため、有効に作用しない可能性がある。

3.塩津裕子氏(オフィスArt de Vivre代表)
「発達段階と出生順位特性がもたらす交渉能力への影響」

 幕末に蝦夷地の探索や北海道の地図(北海道の命名者でもある)、アイヌ民族の研究などを行った松浦武四郎を例に、地理的環境要因、出生順位特性、後天的環境要因などが対人能力、恐らくは交渉能力に与える影響について調査。松浦武四郎は伊勢・松阪の商家の四男として生まれた。伊勢は「お伊勢参り」で全国から旅行者が集まる土地であり、武四郎は幼年時代から異文化コミュニケーションの能力を磨いたと思われる。四男として生まれ、年上に可愛がられる、甘え上手、対人能力に長け、要領が良い、自己主張ができるといった末っ子気質を持っていたと考えられる。反抗期の16歳の時に家で、長崎で異国文化に触れ、蝦夷地への関心を持つ。蝦夷地探検およびアイヌ民族との交流の足跡をたどると、武四郎が双方の利益を考える、双方の目的と問題点を双方で解決す、相手のメンツを立てる、対話を重視する、相互依存的で協力的であるといった互恵型交渉を行っていた様子が窺える。

4.麻殖生健治氏(立命館大学)録画発表
「古事記と交渉」

 古事記を交渉の視点から見ると、上巻は「計略交渉」のエピソード、中巻は「(交渉ではなく)武力」のエピソード、下巻は「対等交渉」のエピソードに分類することができる。上巻は天岩戸、因幡の白兎、国譲りなどに計略交渉、すなわち詐術の様子が見られる。中巻は神武東征、日本武尊の熊襲建、出雲建征伐(詐術も感じられる)、神功皇后の新羅親征に代表されるように、交渉を用いない武力制圧の話が続く。下巻は、垂仁天皇と皇后狭穂姫命との間で交わされた説得交渉、応神天皇の後継をめぐる、大鷦鷯尊(仁徳天皇)と菟道稚郎子の譲り合い、顕宗天皇が父の仇である大泊瀬天皇(雄略天皇)への復讐を試みたが、兄の億計皇子に諫められ思いとどまったエピソードなど、武力による皇位継承や復讐などから脱皮し、聖徳太子の「和を以て貴しとなす」で結ばれる。古事記には詐術、武力、交渉という問題解決の発展段階が見て取れる。

繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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