2022年4月13日、mass×mass関内フューチャーセンターにて第136回YMS(ヨコハマ・マネージャーズ・セミナー)を開催しました。今回は『刑事塾』3回シリーズの最終回、株式会社kibi代表取締役、榎本澄雄様より「元刑事が見た発達障害と身体知 自傷・他害・パニックを防ぐ90日アクションプログラム」と題してお話しいただきました。
【これまでのYMS×刑事塾】
第58回YMS「刑事塾:ビジネスで役立つウソや人間心理の見抜き方」
第94回YMS「元刑事が教えるウソ〔人間心理〕の見抜き方〜実践編 人狼ゲームで見抜く〜」
第126回YMS「サイバー犯罪担当元刑事が教える「SNS調査術」~ネット情報を駆使して人や会社の本質を見抜く」
第134回YMS「リスク管理の課題とヒント」
第135回YMS「自社を守り強くする。人事労務に役立つ!誰でも簡単に学べる!身につく!『刑事スキル7つの法則』」
アイスブレイクを経て、早速お話しが始まりました。最初に取り上げられたのは、同じ自閉症の男の子、AさんとBさんのエピソード。Aさんはおむつが取れず、何時間も水遊びに耽る。他人に関心がなく会話もできない。嫌なことがあると支援員の腕に嚙みつくといった子だったそうです。一方Bさんもおむつが取れず、何時間も水遊びに耽る。こちらは他人に関心があり会話はできます。嫌なことがあるとパニックを起こすタイプの子だったそうです。
一見、同じように見え治らないと思われていた二人ですが、榎本さんが20日間支援を担当したAさんの方に、著しい変化が起こりました。20日後、Aさんは水遊びをしなくなり、おむつが取れ、人のまねをするようになり、自ら絵カードを持ち出して会話を始めたそうです。支援員に噛みつくことは無くなり、社会性が生まれました。尤も、社会性の代償として人の好き嫌いも生まれたそうですが。一方、Bさんの方が残念ながらその後も大きな変化は見られませんでした。
榎本さんはAさんに何をしたのか?Aさんは腎臓機能に障害があると見られ、水分を身体から排出することが上手くできませんでした。その結果、おむつが必要でしたし、周囲も水分の調整が上手くできないので、なるべく水を与えないようにしていました。驚くべきことにAさんは、四六時中水遊びをすることを通じて、皮膚から水分を吸収していたのだそうです。そんなAさんに榎本さんは運動で発汗を促し、水分を摂取させるようにしました。Aさん本当は運動が好きだったようで、「できる」という成功体験から自信が芽生えるようになりました。そしてある時、自らイラストの入ったカードを持ち出し、自己主張を始めるようになったというのです。これが治らないと思われていた自閉症の子に、わずか20日間で起こった変化でした。
榎本さんがAさんに運動を促したのには、もう一つの狙いがありました。Aさんが他人に関心を示さないのは、ミラーニューロンの未発達が原因と考えられ、結果として人とのコミュニケーションが取れなかったのです。榎本さんは運動を通じて、運動神経、ミラーニューロンを育てたのです。考えてみると、人は赤ちゃんの時、周囲のまねを通じてコミュニケーション力を育みます。他者をまねることはコミュニケーションの基本なのかもしれません。
このお話を伺って感じたことが3つあります。これらはいずれも密接に関わっているのですが、一つ目は、頭で指示したり、投薬によって顕在化している症状を押さようとするのではなく、身体と脳の不可分の関係性から根本の原因である身体にアプローチした点です。既に述べたように、Aさんの行動の原因は腎機能の不全、ミラーニューロンの未発達など、すべて身体と結びついていました。排泄が上手くできない、ずっと水と触れている、噛みつくといった行動は、結果に過ぎません。結果だけにアプローチしてもそれは良くて対処療法に過ぎないということです。このことは、薬剤師でありながら薬に頼るのではなく、食物や行為を生活に上手に取り入れることで体質を改善し、病気を予防することを唱えた第91回YMSの沖原さんのお話を思い出させます。心と身体に密接なつながりがあることは、私たちは文字通り「頭で」は分かっていますが、その割にあまりにも身体を疎かにしているようです。
二つ目は、Aさんを養護すべき相手ではなく、共に触れあい、ダンスなど一緒に身体を動かしたという点です。榎本さんは刑事時代から取り調べの相手を容疑者としてではなく、クライアントとして扱うことで、相手と波長を合わせることを大事にしていたそうです。相手と波長を合わせるための大事な要素が、前述の「まね」です。従来のやり方は、このまねという非言語の部分を軽視し過ぎていたのではないかと思います。肌を触れ合い、共同作業として共に身体を動かし、達成感を分かち合い、模倣をする。こうした非言語の行為によって人は本質的に自分と他者との境界を取り払い、社会性を育んでいくのだと思います。言語的コミュニケーションももちろん大切ですが、Aさんに起こったことから推察するに、それはより高度な社会性を築くための手段、発達段階から見ればもっと後のことなのではないでしょうか。
このことで思い出すのは、以前お話を伺った名古屋大学大学院准教授、川合伸幸先生の著書『心の輪郭―比較認知科学から見た知性の進化』に書かれていた次のようなエピソードです。
上の動画に見られるような「インファノイド」と呼ばれる人型ロボットと遊んだ高機能自閉症の男の子が、そのロボットを気に入り、母親の携帯を通じて、「インフィー(ロボットの名前)によろしく」とメッセージを送ってきたのだそうです。それから半年経った後も、その子はインファノイドに愛着があったようで、再開した時には40分以上も一緒に遊んでいたそうです。ロボットは、人間が見ているとことに必ず目を向け、視線や指差しによって対面する人間の注意を喚起し、視界から人間が消えれば、顔を動かして探します。逆に視界に人間を捉えれば、そちらを振り向きます。プログラムされたロボットは、こうした非言語行動を徹底して行うのです。その結果、感情がなく、人間の感情を理解することもないロボットに対し、高機能自閉症の子供が心を開いたのでした。
三つ目は、Aさんの変容がわずか20日で起こったことです。私たちは多かれ少なかれ日常生活で様々な人間関係の問題に直面し、自分や他者の変容の課題に悩みます。変容を望むなど永遠の課題ではないかと思われるほどです。しかし、治らないと思われたほどの自閉症のAさんに短い期間で起こった奇跡のような変容は、私たちが本質的に重要な要素を見逃していることを教えてくれています。その要素とは、上で述べた身体、情動、非言語の三つです。これに気づいたことは、大きな希望です。
そして非常に大切だと思ったのは、当事者でない我々が今回のようなお話を聞いて、発達障害とはどのようなものであるのか、彼らを取り巻く環境にどのような問題があるのかを理解することです。何故なら、たとえ悪意はなくとも、偏見は無知・無理解から生じうるからです。
今回は、昨年11月以来久しぶりに懇親会も行いました。そこでは、セミナーでは伺えなかったさらに深いお話し、受講者が抱いた様々な疑問に対する意見交換などがなされました。やはり、これがあってこそのYMS、触れ合いこそ社会性の基本であり、私たちはこれを失ってはいけないのだと改めて実感しました。
過去のセミナーレポートはこちら。
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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