バイエルン放送交響楽団 「ショスタコーヴィチ:交響曲第5番」他 11/23

バイエルン放送交響楽団 2005来日公演/横浜

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
ショスタコーヴィチ 交響曲第5番

指揮 マリス・ヤンソンス
ピアノ イェフィム・ブロンフマン
演奏 バイエルン放送交響楽団

2005/11/23 14:00 横浜みなとみらいホール 3階

バイエルン放送響の横浜公演です。もちろん指揮は首席指揮者のヤンソンス。プログラムは、あらゆるピアノ協奏曲の中でも最も有名なチャイコフスキーのそれと、VPOとのCDもリリースされている、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の組み合わせ。超重量級のコンサートです。

一曲目のチャイコフスキーのピアノを演奏したのは、昨年のVPO(ゲルギエフ指揮)の来日公演でもソリストを務めたという、イェフィム・ブロンフマンです。大柄の体を、そのまま鍵盤にぶつけたかのような力強いピアニズム。高音のトリルこそ幾分控えめな表現にて、柔らかく美しく響かせますが、低音部と中音域は、もはやホールの響きの飽和量を超えて、思わず耳をつんざいてしまうほどに、限りなく大きく鳴らします。細かいニュアンスには殆ど配慮されず、逆にそのようなものは無意味だと言わんばかりに「鳴らしまくる」ピアノ。もちろん、ヤンソンス率いるバイエルン放送響の逞しい響きにも負けることがありません。オーケストラとピアノの丁々発止。それぞれが、まるで殴り合うかのように交錯します。そのぶつかり合いの迫力の凄まじさ。残念ながら私には、彼のピアノを全く受け入れることが出来なかったのですが、むしろ細部を犠牲にして、さらにはデリカシーも捨て去って、直裁的に、自由奔放に鳴らすピアノというのも、一つの大きな持ち味なのかもしれません。

メインはショスタコーヴィチの第5番です。やはりこの曲は、ショスタコーヴィチの一連の録音を手がけるヤンソンスにとっては、十八番なのでしょうか。彼は暗譜にてオーケストラに向かい、各パートの音を非常に凝縮させた形で一つにまとめあげ、まるでギラギラと光る鋼の塊ように、剛胆に、そして圧倒的に響かせます。雷鳴のように轟くフォルテッシモのもの凄い迫力。金管も木管も打楽器群も弦セクションもその全てが、一つの強固な塊となって、客席へ飛び込んできます。スコアの隅々まで、一つの音符ももらさないで、純然と鳴らすこと。オーケストラが鳴りきった時の凄まじいエネルギー。それを十二分に味わうことの出来る演奏でした。

鮮烈で巨大なアタックの凄みも、ヤンソンスの演奏の大きな特徴の一つです。まるでアタックにて音楽の構造を際立たせるかのように、力強く、思いっきり打ち込む。それによって、シャープにメリハリ感も生まれてきます。アタックにてオーケストラに魂を入れ、そこから怒濤のように音を次々と引き出す。緩急のドライブも鮮やかで、これほどスリリングな演奏もないと思うほどです。重心も低く、低音部の渋い味わいが、パワフルに炸裂し続けます。聴いていて手に汗握るとはこのことでしょうか。まるで、この曲の背景、例えば作曲者の意図について云々など、いわゆるスコアの外にある、情緒的、または思弁的な要素を一切退けているかのようです。あくまでも勇ましく硬質に曲をまとめあげる。表現主義的な演奏と言って良いかもしれません。

ヤンソンスの興味深い点は、そのようなダイナミックな演奏を聴かせながらも、例えば第三楽章などのピアニッシモを、決してお座なりに表現しないことです。グッとテンポを押さえて、弦をサワサワと軽く鳴らせて、ゆっくりとゆっくりと木管をなぞらせる。あまり歌わせることはありませんが、それまでの強烈で圧倒的な響きから一変して、実に繊細な、か弱い音も追求します。そしてそれがバイエルンのしなやかな弦にかかると、若干の温かみも生まれてきます。ここでは、指揮とオーケストラが互いに補完し合って、つかの間の安らぎを与えてくれました。

ただ、全体的に、オーケストラの響きが強く練り上げられ、またまとめられるので、各パートの響きが階層的に聴こえてくることはあまりありません。また、フレーズ間の受け渡しは、幾分どれも足早に過ぎ去ります。もちろん、そのことによって音楽に勢いが生まれてきますが、さらにもう一歩構えるようにして「間」を置けば、音楽に柔らかい厚みが生まれてくるのかとも思いました。ともかく、そう思わせるほどに、オーケストラが一丸となって、一つとして響いてきます。

バイエルン放送響の硬質な響きは、ヤンソンスの指示に的確に応えます。打楽器群には非常に力がある上に、リズム感も抜群。小太鼓にて下支えされる第一楽章の行進曲風のリズムも、あれほど切れ味に鋭い演奏を聴いたのは初めてでした。また、最後までバテることのない金管、木管の厚みのある響き(特にクラリネットの強靭な響き!)、さらには鋭角的な弦のエネルギー。どれも当たり前のことかもしれませんが、極めて高い能力を持っていました。

アンコールは、グリークとストラヴィンスキーから一曲ずつ演奏されました。もちろんこちらも隙のない、前へ前へとどこまでも進み行くような、実に逞しい演奏です。ショスタコーヴィチの第5番の後とは言えども、何ら緩みのない音楽を聴かせてくれました。

抜群の能力を持つオーケストラを、威風堂々と統率し、さらに大きな一つの渦としてまとめあげること。ヤンソンスの隆々とした音楽は、その方向性にケチを付けることが許されないほど、高い完成度を示していたようです。また、実に圧倒される演奏ではありますが、聴き終わった後に、妙な疲労感を与えられることがありません。気持ちよくホールを後にさせてくれます。その辺も含めて、とても聴き応えのあるコンサートだったと思います。
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