「大琳派展」 東京国立博物館 Vol.11(酒井抱一)

東京国立博物館台東区上野公園13-9
「大琳派展 - 継承と変奏 - 」
10/7-11/16



今回登場した琳派の絵師の中で、最も代表作が集まっていたのは、酒井抱一ではなかったでしょうか。初期の物珍しい浮世絵や仏画から「四季花鳥図巻」に「白蓮図」、そして「夏秋草図屏風」と、抱一の魅力を知るに相応しい名品ばかりがずらりと揃っていました。単独の抱一展として見ても遜色はありません。



まず嬉しかったのは、これまで図版などでしかお目にかかったことのなかった「白蓮図」と「波図屏風」、そして「十二ヶ月花鳥図」のファインバーク本を一挙に楽しめたことです。「白蓮図」は個人蔵とされていましたが、細見美術館蔵のそれと同一に捉えて良いのでしょうか。薄緑を帯びた小さな蕾を従え、光が花弁から漏れだす白さをたたえながら、今にももげ落ちようとする蓮の花は、もはや言葉に表せないほどに可憐な美しさをたたえています。また「波図屏風」は、以前のエントリでも触れたように、一般的な抱一のイメージを覆すほどに迫力のある異色作です。そして抱一ファン待望の「十二ヶ月花鳥図」ファインバーク本は、同種の十二ヶ月図には登場しない描写も散見される興味深い作品でした。ヘチマに群がって明かりを照らす蛍や、バラの花にとまる蜂などの昆虫のモチーフはおろか、小さくとも葉にちょこんと乗って存在感を示す蛙などは、花鳥を単に情緒に流して描くのではない、抱一の写実への眼差しを見て取れるのではないでしょうか。久々の全巻公開となった「四季花鳥図巻」と合わせ、中国絵画の伝統すら思わせる細密な描写も彼の得意とするところなのかもしれません。それは山種所蔵の「秋草鶉図屏風」の鶉や、「水月観音図」における衣装や波の表現を見ても同様でした。抱一画の繊細さは、他の琳派の絵師に劣ることはありません。



里帰り作の「柿図屏風」に見る寂寥感も抱一の真骨頂と言えるでしょう。余白を存分に生かし、右奥への虚空へと消えゆく柿の枯れた味わいは、「月に秋草図屏風」のような儚さすら感じられます。またその独特の遠近感は、「十二ヶ月花鳥図」(尚蔵館本)の「柿と目白」を連想させるのではないでしょうか。余白を単に無として示すのではなく、そこに風や湿り気など、空気の感触を取り入れて空間を広げていくのが抱一画の特徴です。「夏秋草図屏風」の秋草にて風が靡く様を感じられるのは言うまでもありませんが、「月に秋草図屏風」や「柿図屏風」においても、ひんやりとした大気の存在感を確かに受け止めることが出来ます。また「兔に秋草図襖」は、木目の線にて風の向きを表現するという、見立ての妙に冴えた作品です。抱一は扇子に蚊を描くほど洒落た人物でもありますが、この木目で風を表すとはまさに俳人ならではの感性によるのでしょう。抱一はその殆どの作品で、風も雨も実体のないイメージとしてだけで描いています。直接、雨などのモチーフを描き入れることは、彼にとって野暮だったのかもしれません。

集大成「光琳百図」など、先人たちの画を忠実に模して表したのも抱一の業績の一つではありますが、光琳得意の燕子花モチーフに叙情性を加えた「燕子花図屏風」は、琳派の一変奏とその個性を感じ取れる作品と言えるのではないでしょうか。「八橋図」において光琳画の世界を半ば不器用に引き寄せた抱一ですが、それ以前の「燕子花図屏風」は、草花や虫などへの敬慕の念すら感じる、彼ならではの自然讃歌に満ちあふれています。ひらりと葉先に降り立った一匹の蜻蛉に、藍色の花に隠れるようにして静かに咲く二輪の燕子花は、抽象美に迫った光琳画にはない新たな魅力が加わっています。抱一は夏秋草においても百合を葉に隠しますが、これが光琳へのオマージュへの意味を持ち得ていることを鑑みても、そのような画における『ためらい』の心にこそ、気品や優雅さを感じさせる一要因になっているのかもしれません。まさにもののあはれです。



このような大型展で望むのは無理もありそうですが、あとは静嘉堂文庫所蔵の「絵手鏡」の展示があれば、抱一の代表作のほとんどを網羅する内容となっていたのではないでしょうか。たまらない展覧会でした。(展覧会終了後になりそうですが、次回の其一の感想で、「大琳派シリーズ」を終わりにしたいと思います。)

「もっと知りたい酒井抱一/玉蟲敏子/東京美術」

*大琳派展シリーズ
Vol.12(鈴木其一+まとめ)
Vol.10(光琳、乾山)
Vol.9(宗達、光悦)
Vol.8(光琳、抱一、波対決)
Vol.7(風神雷神図そろい踏み)
Vol.6(中期展示情報)
Vol.5(平常展「琳派ミニ特集」)
Vol.4(おすすめ作品など)
Vol.3(展示替え情報)
Vol.2(内覧会レクチャー)
Vol.1(速報・会場写真)

*関連エントリ
大琳派展@東博、続報その2(展示品リスト公開。)+BRUTUS最新刊「琳派って誰?」
大琳派展@東博、続報(関連講演会、書籍など。)
大琳派展(東博)、公式サイトオープン
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