都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「ベン・シャーン展」 埼玉県立近代美術館
埼玉県立近代美術館
「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」
2012/11/17-2013/1/14
埼玉県立近代美術館で開催中の「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」へ行ってきました。
1930年代から1960年頃にかけてアメリカで活躍した「震える線描」の画家、ベン・シャーン(1898~1969) 。その膨大コレクションが、埼玉県の朝霞、「丸沼芸術の森」にあることをご存知でしょうか。
本展では「丸沼芸術の森」の所有するベン・シャーンのドローイング、絵画を300点近くも紹介。彼の活動の軌跡を追うことの出来る回顧展となっています。
展示も1920年代後半の頃のドローイング、水彩からスタート。時にマティスやルオーを思わせるような人物像も並んでいます。
「波止場の船と都市風景」1924年頃 丸沼芸術の森
またさり気ない街の景色を捉えた初期の風景水彩画、例えば「波止場の船と都市風景」も魅惑的。さらに1931年にはローマの女神を素材にした版画集「レヴァナとわれらの悲しみの貴婦人たち」を出版しますが、残念ながらこれは成功しませんでした。
「エステラジー(ドレフュス事件シリーズより)」1931年 丸沼芸術の森
さて30代に入ると表現上の関心は明確に。例えば無実の罪を着せられて裁かれた移民など、いわゆる社会的弱者、またはマイノリティなどに目が向きます。
端的に言えば、ベン・シャーンは人間の本質を線によって捉えた画家です。
またマイノリティへの共感と並び、彼の関心を見る上で興味深いのは、例えばヒトラーに協力したという実業家をいかにも悪そうに描くなど、いわば特定の支配層への嫌悪の念。社会の暗部も抉り出していきます。
「連邦社会保障ビル壁画の『大工』の習作」1941-42年頃
またこの時期はポスターの仕事も充実。選挙の投票を啓発した「選挙人登録…投票用紙はあなたの手の力だ」などを制作しています。
さらに1930年代の業績で重要なのは壁画です。ニューデール政策によって建設の決まった、ユダヤ人服飾労働者の街(ジャージー・ホームステッズ)の学校のための壁画制作の仕事を請け負いました。
現在の「ジャージー・ホームステッズの壁画」*参考図版
彼はそこへ東欧のユダヤ人がアメリカへ渡り、コミュニティを築き上げていくという一連の歴史を描写。しかも自身も完成後、NYから移り住みました。
さて大戦後、50歳の頃からベン・シャーンは盛んに雑誌の挿絵の仕事をするようになります。
一例が1954年の第五福竜丸事件を取り上げた「ラッキー・ドラゴンシリーズ」。
またタイム誌に掲載されたキング牧師の演説、「マーティン・ルーサー・キング牧師」も迫力満点。簡素ながらも生き生きとした線が、まさに今、目の前でキング牧師が声をあげて演説しているのではないかと思うほどリアルに、それでいて師の特徴を巧みに取り出して捉えています。
「槍に取り囲まれるハムレット」1959年 丸沼芸術の森
また文学主題の作品として面白いのは、1959年にCBSテレビでドラマ化された「ハムレット」の広告挿絵。これは後にドローイング35点セットで出版されました。
それにしてもベン・シャーンのドローイングは線、それ自体だけでなく、構図も魅力的です。画面は密ではなくむしろ疎ですが、余白もまさに雄弁。特に肉感的ですらある人物像には驚くほどの迫力があります。
モデルの個性を汲み取る類稀な表現力、例えばガンディーやレーニン、そしてリンカーンなど、政治家たちを捉えた作品からも伺い知れるかもしれません。
「クローバーの葉」1957年 丸沼芸術の森
さてそうしたベン・シャーン、晩年は哲学、神話的な主題を多く取り込むようになります。関心はヘブライ文字から旧約聖書へ。自身でヘブライ文字のフォントも作り出しました。
詩篇150を元に制作した「ハレルヤ・シリーズ」はその頂点とも言えるのではないでしょうか。この古代楽器を奏でる人々を描いた一連のシリーズ、本来は壁画のために制作されたもの。残念ながらベン・シャーンの死によって壁画は完成しませんでしたが、リトグラフとして世に出版されました。
ラストはリルケの「マルテの手記」に基づく20数点の石版画シリーズ。晩年に至っても筆の力は衰えることがありません。
「愛にみちた多くの夜の回想」1968年 丸沼芸術の森
握手する手、それのみをクローズアップして表現した「思いがけぬ邂逅」からは熱い友情が、そして抱き合う二人を描いた「愛にみちた多くの夜の回想」には深い愛情が滲み出しています。
ベン・シャーンの描く人物、そして力強さと温もりを同時にたたえた手、その神々しさに心打たれました。
「『スポレート音楽祭 1965』のポスター原画」1965年 丸沼芸術の森
なお本展は昨年から国内4館を巡回したベン・シャーン展と同じではありません。実はその巡回展に行きそびれてしまいましたが、この魅力に接すると、何故に見ておかなかったのかと今更ながらに後悔しました。
「芸術新潮2012年1月号/ベン・シャーン/新潮社」
2013年1月14日まで開催されています。断然におすすめします。
「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」 埼玉県立近代美術館(@momas_kouhou)
会期:2012年11月17日(土)~2013年1月14日(日)
休館:月曜日。但し12月24日、1月14日は開館。年末年始(12/25~1/4)。
時間:10:00~17:30
料金:一般900(720)円 、大高生720(580)円、中学生以下、65歳以上無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」
2012/11/17-2013/1/14
埼玉県立近代美術館で開催中の「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」へ行ってきました。
1930年代から1960年頃にかけてアメリカで活躍した「震える線描」の画家、ベン・シャーン(1898~1969) 。その膨大コレクションが、埼玉県の朝霞、「丸沼芸術の森」にあることをご存知でしょうか。
本展では「丸沼芸術の森」の所有するベン・シャーンのドローイング、絵画を300点近くも紹介。彼の活動の軌跡を追うことの出来る回顧展となっています。
展示も1920年代後半の頃のドローイング、水彩からスタート。時にマティスやルオーを思わせるような人物像も並んでいます。
「波止場の船と都市風景」1924年頃 丸沼芸術の森
またさり気ない街の景色を捉えた初期の風景水彩画、例えば「波止場の船と都市風景」も魅惑的。さらに1931年にはローマの女神を素材にした版画集「レヴァナとわれらの悲しみの貴婦人たち」を出版しますが、残念ながらこれは成功しませんでした。
「エステラジー(ドレフュス事件シリーズより)」1931年 丸沼芸術の森
さて30代に入ると表現上の関心は明確に。例えば無実の罪を着せられて裁かれた移民など、いわゆる社会的弱者、またはマイノリティなどに目が向きます。
端的に言えば、ベン・シャーンは人間の本質を線によって捉えた画家です。
またマイノリティへの共感と並び、彼の関心を見る上で興味深いのは、例えばヒトラーに協力したという実業家をいかにも悪そうに描くなど、いわば特定の支配層への嫌悪の念。社会の暗部も抉り出していきます。
「連邦社会保障ビル壁画の『大工』の習作」1941-42年頃
またこの時期はポスターの仕事も充実。選挙の投票を啓発した「選挙人登録…投票用紙はあなたの手の力だ」などを制作しています。
さらに1930年代の業績で重要なのは壁画です。ニューデール政策によって建設の決まった、ユダヤ人服飾労働者の街(ジャージー・ホームステッズ)の学校のための壁画制作の仕事を請け負いました。
現在の「ジャージー・ホームステッズの壁画」*参考図版
彼はそこへ東欧のユダヤ人がアメリカへ渡り、コミュニティを築き上げていくという一連の歴史を描写。しかも自身も完成後、NYから移り住みました。
さて大戦後、50歳の頃からベン・シャーンは盛んに雑誌の挿絵の仕事をするようになります。
一例が1954年の第五福竜丸事件を取り上げた「ラッキー・ドラゴンシリーズ」。
またタイム誌に掲載されたキング牧師の演説、「マーティン・ルーサー・キング牧師」も迫力満点。簡素ながらも生き生きとした線が、まさに今、目の前でキング牧師が声をあげて演説しているのではないかと思うほどリアルに、それでいて師の特徴を巧みに取り出して捉えています。
「槍に取り囲まれるハムレット」1959年 丸沼芸術の森
また文学主題の作品として面白いのは、1959年にCBSテレビでドラマ化された「ハムレット」の広告挿絵。これは後にドローイング35点セットで出版されました。
それにしてもベン・シャーンのドローイングは線、それ自体だけでなく、構図も魅力的です。画面は密ではなくむしろ疎ですが、余白もまさに雄弁。特に肉感的ですらある人物像には驚くほどの迫力があります。
モデルの個性を汲み取る類稀な表現力、例えばガンディーやレーニン、そしてリンカーンなど、政治家たちを捉えた作品からも伺い知れるかもしれません。
「クローバーの葉」1957年 丸沼芸術の森
さてそうしたベン・シャーン、晩年は哲学、神話的な主題を多く取り込むようになります。関心はヘブライ文字から旧約聖書へ。自身でヘブライ文字のフォントも作り出しました。
詩篇150を元に制作した「ハレルヤ・シリーズ」はその頂点とも言えるのではないでしょうか。この古代楽器を奏でる人々を描いた一連のシリーズ、本来は壁画のために制作されたもの。残念ながらベン・シャーンの死によって壁画は完成しませんでしたが、リトグラフとして世に出版されました。
ラストはリルケの「マルテの手記」に基づく20数点の石版画シリーズ。晩年に至っても筆の力は衰えることがありません。
「愛にみちた多くの夜の回想」1968年 丸沼芸術の森
握手する手、それのみをクローズアップして表現した「思いがけぬ邂逅」からは熱い友情が、そして抱き合う二人を描いた「愛にみちた多くの夜の回想」には深い愛情が滲み出しています。
ベン・シャーンの描く人物、そして力強さと温もりを同時にたたえた手、その神々しさに心打たれました。
「『スポレート音楽祭 1965』のポスター原画」1965年 丸沼芸術の森
なお本展は昨年から国内4館を巡回したベン・シャーン展と同じではありません。実はその巡回展に行きそびれてしまいましたが、この魅力に接すると、何故に見ておかなかったのかと今更ながらに後悔しました。
「芸術新潮2012年1月号/ベン・シャーン/新潮社」
2013年1月14日まで開催されています。断然におすすめします。
「丸沼芸術の森所蔵 ベン・シャーン展 線の魔術師」 埼玉県立近代美術館(@momas_kouhou)
会期:2012年11月17日(土)~2013年1月14日(日)
休館:月曜日。但し12月24日、1月14日は開館。年末年始(12/25~1/4)。
時間:10:00~17:30
料金:一般900(720)円 、大高生720(580)円、中学生以下、65歳以上無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
住所:さいたま市浦和区常盤9-30-1
交通:JR線北浦和駅西口より徒歩5分。北浦和公園内。
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