都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「早春の川越を歩く」 前編:川越城本丸御殿・一番街
日本画家、小村雪岱の生まれた川越は、蔵造りの町並みの残る、小江戸として人気の観光地でもあります。

「小村雪岱ー「雪岱調」のできるまで」 川越市立美術館(はろるど)
先日、市立美術館で小村雪岱展を鑑賞したのち、川越の街を散策してきました。
ちょうど美術館のある一帯が、かつての川越城にあたり、今もなお、本丸御殿の遺構建築が残されています。
川越城は1457年、この地に勢力を築いた上杉氏が、太田道灌らの家臣に命じて築城された城で、北条氏が攻め落としたのちは、同氏の北武蔵の支配を固める拠点となりました。
1590年、豊臣秀吉が攻めると、同年に江戸城へ徳川家康が入り、川越城には重臣の酒井重忠が置かれました。そして江戸時代には城下町が形成され、武蔵の中心地として発展しました。1639年には時の城主、松平信綱により、城の拡張工事が行われ、約32万平方メートルにも及ぶ広大な城郭が形成されました。
現在の本丸御殿は、1848年、松平斉典により造られた建物で、東日本唯一の本丸の遺構として、埼玉県の指定有形文化財に指定されています。

御殿の正面に回ると、堂々たる玄関が姿を現しました。神社建築や城廓建築でよく見られる唐破風の屋根で、太い柱が重々しい屋根を支えていました。中に入り、受付を過ぎると、長い廊下の向こうに三十六畳もの広間が広がっていました。来城者が、城主との面会の間までに待機した部屋だと言われています。

一部はかなり退色していましたが、この広間にのみ、扉には松が描かれていました。ひょっとすると江戸時代の人々も眺めていたかもしれません。

続くのは、白い壁に襖、そして木の柱で仕切られた、使者之間や物頭詰所などの座敷でした。装飾は一切見られず、まさに質実剛健といった様相で、極めて実用的な建物であったことが見て取れました。

明治時代に入ると、多くの建物が、移築、解体されていきました。そして本丸御殿も城の機能を失い、玄関と広間は、一時、県庁の庁舎として利用されました。のちに県庁が移転すると、煙草工場や武道場になるなど、用途も変わり、戦後は中学校の仮設校舎として用いられました。

結局、残ったのは、玄関・広間部分と、家老詰所でした。本来は御殿の南に大書院があり、西側に、城主の私的空間である中奥などが連なっていたそうです。

その家老詰所が御殿と繋がっていました。とはいえ、本来の位置ではありません。元々の詰所は明治初期に解体され、現在のふじみ野の商家へと移設されました。それが昭和62年になって川越市に寄贈され、現在の場所へと移築されました。

詰所は御殿と比べると狭く、八畳から十二畳ほどの広間が、襖や障子で区切られていました。やはり簡素な造りで、江戸時代は家老たちが常駐し、政治において重要な役割を果たしていたと考えられているそうです。

一通り、本丸御殿を見学したのちは、札の辻へと向かい、蔵の街から菓子屋横丁へ歩きました。

休日ということもあったのか、ともかく想像以上の人出に驚きました。メインストリートの一番街は人で溢れ、車の往来も大変に多く、のんびり建物を見学出来るような雰囲気ではありませんでした。菓子屋横丁も、車こそ入ってこないものの、一番街同様、人と人とが肩で触れ合うほどに賑わっていました。

黒漆喰の重厚な蔵造りの商家の立ち並ぶ中、洋風建築にも見るべき建物があるのも、川越の面白いところかもしれません。特に有名なのが、埼玉りそな銀行川越支店で、大正7年、埼玉県初の銀行だった第八十五国立銀行として建てられました。白いタイルの外壁の上に、緑のドーム屋根がついていて、ルネサンスの様式を基調としています。川越でもほかに建築を手がけた保岡勝也の設計で、埼玉県内の指定第1号として、国の登録有形文化財に指定されました。

また川越商工会議所も国の有形登録文化財で、昭和3年、当時の武州銀行川越支店として建てられました。ともかくギリシャの神殿を思わせるような太い柱が特徴的で、玄関の上にはバロック風の飾りも施されていました。もちろん未だ現役で利用されています。

さらに商店街にも洋風建築が幾つか見られました。例えば「カフェエレバート」も外装は洋館風で、大正4年に建築され、川越市の文化財に指定されました。ただし実際は洋館ではなく、内部の構造は土蔵とのことでした。

老舗の「シマノコーヒー」も趣きがあるのではないでしょうか。大正8年の建築で、元は呉服屋であったそうです。有名店だけに、中を覗くとさすがに満席のようで、待っている方の姿も見られました。

しばらく歩いたのちは、蔵の街の中にある山崎美術館と、先の埼玉りそな銀行川越支店を設計した、保岡勝也による旧山崎家別邸を見学しました。
「早春の川越を歩く」 後編:山崎美術館・旧山崎家別邸へと続きます。
「早春の川越を歩く」 後編:山崎美術館・旧山崎家別邸(はろるど)
「埼玉県指定文化財 川越城本丸御殿」
休館:月曜日。但し休日の場合は翌日。年末年始(12月29日~1月3日)、館内整理日(毎月第4金曜日、ただし休日は除く)。
時間:9:00~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般100(80)円、大学・高校生50(40)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*「川越きものの日」にちなみ、8日、18日、28日に着物で来館すると団体料金を適用。
*博物館・美術館との共通券あり。
住所:埼玉県川越市郭町2-13-1
交通:西武武新宿線本川越駅またはJR線・東武東上線川越駅より東武バス「蔵の町経由」乗車、「札の辻」バス停下車、徒歩10分。または東武バス「小江戸名所めぐり」乗車博物館前バス停下車。

「小村雪岱ー「雪岱調」のできるまで」 川越市立美術館(はろるど)
先日、市立美術館で小村雪岱展を鑑賞したのち、川越の街を散策してきました。
ちょうど美術館のある一帯が、かつての川越城にあたり、今もなお、本丸御殿の遺構建築が残されています。
川越城は1457年、この地に勢力を築いた上杉氏が、太田道灌らの家臣に命じて築城された城で、北条氏が攻め落としたのちは、同氏の北武蔵の支配を固める拠点となりました。
1590年、豊臣秀吉が攻めると、同年に江戸城へ徳川家康が入り、川越城には重臣の酒井重忠が置かれました。そして江戸時代には城下町が形成され、武蔵の中心地として発展しました。1639年には時の城主、松平信綱により、城の拡張工事が行われ、約32万平方メートルにも及ぶ広大な城郭が形成されました。
現在の本丸御殿は、1848年、松平斉典により造られた建物で、東日本唯一の本丸の遺構として、埼玉県の指定有形文化財に指定されています。

御殿の正面に回ると、堂々たる玄関が姿を現しました。神社建築や城廓建築でよく見られる唐破風の屋根で、太い柱が重々しい屋根を支えていました。中に入り、受付を過ぎると、長い廊下の向こうに三十六畳もの広間が広がっていました。来城者が、城主との面会の間までに待機した部屋だと言われています。

一部はかなり退色していましたが、この広間にのみ、扉には松が描かれていました。ひょっとすると江戸時代の人々も眺めていたかもしれません。

続くのは、白い壁に襖、そして木の柱で仕切られた、使者之間や物頭詰所などの座敷でした。装飾は一切見られず、まさに質実剛健といった様相で、極めて実用的な建物であったことが見て取れました。

明治時代に入ると、多くの建物が、移築、解体されていきました。そして本丸御殿も城の機能を失い、玄関と広間は、一時、県庁の庁舎として利用されました。のちに県庁が移転すると、煙草工場や武道場になるなど、用途も変わり、戦後は中学校の仮設校舎として用いられました。

結局、残ったのは、玄関・広間部分と、家老詰所でした。本来は御殿の南に大書院があり、西側に、城主の私的空間である中奥などが連なっていたそうです。

その家老詰所が御殿と繋がっていました。とはいえ、本来の位置ではありません。元々の詰所は明治初期に解体され、現在のふじみ野の商家へと移設されました。それが昭和62年になって川越市に寄贈され、現在の場所へと移築されました。

詰所は御殿と比べると狭く、八畳から十二畳ほどの広間が、襖や障子で区切られていました。やはり簡素な造りで、江戸時代は家老たちが常駐し、政治において重要な役割を果たしていたと考えられているそうです。

一通り、本丸御殿を見学したのちは、札の辻へと向かい、蔵の街から菓子屋横丁へ歩きました。

休日ということもあったのか、ともかく想像以上の人出に驚きました。メインストリートの一番街は人で溢れ、車の往来も大変に多く、のんびり建物を見学出来るような雰囲気ではありませんでした。菓子屋横丁も、車こそ入ってこないものの、一番街同様、人と人とが肩で触れ合うほどに賑わっていました。

黒漆喰の重厚な蔵造りの商家の立ち並ぶ中、洋風建築にも見るべき建物があるのも、川越の面白いところかもしれません。特に有名なのが、埼玉りそな銀行川越支店で、大正7年、埼玉県初の銀行だった第八十五国立銀行として建てられました。白いタイルの外壁の上に、緑のドーム屋根がついていて、ルネサンスの様式を基調としています。川越でもほかに建築を手がけた保岡勝也の設計で、埼玉県内の指定第1号として、国の登録有形文化財に指定されました。

また川越商工会議所も国の有形登録文化財で、昭和3年、当時の武州銀行川越支店として建てられました。ともかくギリシャの神殿を思わせるような太い柱が特徴的で、玄関の上にはバロック風の飾りも施されていました。もちろん未だ現役で利用されています。

さらに商店街にも洋風建築が幾つか見られました。例えば「カフェエレバート」も外装は洋館風で、大正4年に建築され、川越市の文化財に指定されました。ただし実際は洋館ではなく、内部の構造は土蔵とのことでした。

老舗の「シマノコーヒー」も趣きがあるのではないでしょうか。大正8年の建築で、元は呉服屋であったそうです。有名店だけに、中を覗くとさすがに満席のようで、待っている方の姿も見られました。

しばらく歩いたのちは、蔵の街の中にある山崎美術館と、先の埼玉りそな銀行川越支店を設計した、保岡勝也による旧山崎家別邸を見学しました。
「早春の川越を歩く」 後編:山崎美術館・旧山崎家別邸へと続きます。
「早春の川越を歩く」 後編:山崎美術館・旧山崎家別邸(はろるど)
「埼玉県指定文化財 川越城本丸御殿」
休館:月曜日。但し休日の場合は翌日。年末年始(12月29日~1月3日)、館内整理日(毎月第4金曜日、ただし休日は除く)。
時間:9:00~17:00(入館は16時半まで)
料金:一般100(80)円、大学・高校生50(40)円、中学生以下無料。
*( )内は20名以上の団体料金。
*「川越きものの日」にちなみ、8日、18日、28日に着物で来館すると団体料金を適用。
*博物館・美術館との共通券あり。
住所:埼玉県川越市郭町2-13-1
交通:西武武新宿線本川越駅またはJR線・東武東上線川越駅より東武バス「蔵の町経由」乗車、「札の辻」バス停下車、徒歩10分。または東武バス「小江戸名所めぐり」乗車博物館前バス停下車。
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