モーツァルト「魔笛」 新国立劇場 2018/2019シーズン

新国立劇場 2018/2019シーズン
モーツァルト「魔笛」
2018/10/14



新国立劇場で「魔笛」を聞いてきました。

大野和士芸術監督第1シーズンに当たり、2018/2019シーズンの開幕公演を飾ったのは、モーツァルトの「魔笛」でした。

上演されたのは、南アフリカ共和国に生まれ、いわゆる「動くドローイング」を制作する現代美術家のウィリアム・ケントリッジのプロダクションでした。そして「魔笛」は、2005年にモネ劇場で初演された過去のプロジェクションであるものの、今回の上演に際して、最先端の技術に見合うに組み立てられたため、映像に大きく手が加えられ、全て撮り直されました。なおケントリッジは、「魔笛」ののちに、ショスタコーヴィッチの「鼻」やベルクの「ルル」のオペラの演出を手がけたことでも知られています。

冒頭から、「動くドローイング」が舞台上で躍動しました。劇の進行に合わせて、光の線が弧を描くように進み、月に太陽、そして天体望遠鏡や鳥かご、さらにメトロノームに図形的な模様、はたまたフリーメイソンの象徴でもあるプロビデンスの目が現れては消えて行きました。ドローイングによる場面転換がダイナミックで、森林が左右に展開し、神殿の扉が奥へと開く様子は、さも実際の舞台が前後左右に動いているかのように見えました。ケントリッジによれば、「闇と光が反転し得る関係が決定的になった」19世紀を舞台としていて、単に善悪、夜の女王とザラストロを対峙させてはいませんでした。

特に印象的だったのは、動物のサイの扱いでした。タミーノが笛を吹く場面では、サイは楽しそうに踊り、手懐けられていた一方、ザラストロのアリア「この聖なる神殿では」では、高らかに博愛を歌い上げる背景に、植民者におけるサイ狩りの映像が映されてました。ザラストロは啓蒙の時代の象徴ではあったものの、それと表裏一体の関係にもあった支配や暴力の問題が示されていたのかもしれません。



とはいえ、全体として大胆な劇の読みかえはなく、人の心情を示したり、舞台の場面を表現するなど、「動くドローイング」は、終始、モーツァルトの音楽に逆らうことなく、スムーズに展開していました。またレチタティーボが、ピアノによる即興的な音楽で補完されていたのも特徴的で、アリアや重唱への繋ぎ渡しをしていて、中にはピアノ協奏曲から引用したフレーズもありました。

歌手陣では、日本人キャストが健闘していました。特にタミーノを半ば導き、自身も成長を遂げていくパミーナの林正子と、劇の進行にとって欠かすことの出来ない童子を歌った前川依子、野田千恵子、花房英里子の3人が安定していました。また夜の女王の安井陽子も、2つのアクロバットなアリアを一気に歌い上げていました。さらにモノスタトスの升島唯博も芸達者でした。一方で外国人キャストは、ザラストロのサヴァ・ヴェミッチが声量こそあったものの、音程が不安定だったように聞こえました。

ローラント・ベーアは、以前、ミラノ・スカラ座で公演された、ケントリッジの「魔笛」の指揮を務めた人物でした。やや緩急をつけながら、ピリオド奏法を思わせる小気味良いリズムが印象的で、東フィルを巧みに操っていただけなく、歌手陣にも寄り添っては、うまく音楽をまとめ上げていたのではないでしょうか。東京フィルハーモニー交響楽団も、特に後半はベーアの指揮によく応えていました。



私自身、オペラを生で鑑賞するのは、実に9年ぶりだけあり、久々に「魔笛」、そして何よりも晩年のモーツァルトに特有の清明な音楽をじっくり味わうことが出来ました。カーテンコールは落ち着いたものでしたが、いつもながらに力強い美声を響かせていた新国立劇場合唱団を含め、どのキャストにも惜しみなく拍手が送られていました。


新国立劇場@nntt_opera) 2018/2019シーズン 「魔笛」
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
台本:エマヌエル・シカネーダー

指揮:ローラント・ベーア
演出:ウィリアム・ケントリッジ
演出補:リュック・ド・ヴィット
美術:ウィリアム・ケントリッジ、ザビーネ・トイニッセン
衣裳:グレタ・ゴアリス
照明:ジェニファー・ティプトン
プロジェクション:キャサリン・メイバーグ
映像オペレーター:キム・ガニング
照明監修:スコット・ボルマン
舞台監督:髙橋尚史

キャスト
ザラストロ:サヴァ・ヴェミッチ、タミーノ:スティーヴ・ダヴィスリム、夜の女王:安井陽子、パミーナ:林正子、パパゲーノ:アンドレ・シュエン、パパゲーナ:九嶋香奈枝、モノスタトス:升島唯博、弁者・僧侶I・武士II:成田眞、僧侶II・武士I:秋谷直之、侍女I:増田のり子、侍女II:小泉詠子、侍女III:山下牧子、童子I:前川依子、童子II:野田千恵子、童子III:花房英里子

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
芸術監督:大野和士

2018年10月14日(日)14時 新国立劇場オペラ劇場
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