9月初めインテルは第3四半期の業績見込みが7月の予測を大きく下回ると発表した。従来控えめな予想をし、その後予想を上回る実績を出すスタイルをとってきたので、予想を下回る実績見込みは投資家が嫌うサプライズとなり、NASDAQ低迷の原因となった。 インテルは理由としてIAアーキテクチャ(CPUと思えばよい)の需要減と棚卸水準の悪化を上げている。
ハイテック調査会社であるGartnerやIDCも7月時点で世界PC市場は年率13%成長を予測をしていたが、その後市場は減速した。 日本のPC市場は5月連休の商戦頃から前年売上を下回るようになり世界市場に先行して減速が始まっていた。インテルはバックツスクールの需要(9月)が弱く在庫が踏みあがると報告しているが、実際には7-8月の売上に異変が出て下方修正せざるをえなくなったと思われる。
ところが、NASDAQ株価は先週後半に盛り返しハイテック比率の高い日本市場の株価も連動して回復してきた。 回復は直近の半導体需要が堅調で、IT企業の足下の業績が良く、原油価格が40ドル前半で落ち着いてきたことが上げられる。 しかし、中期的に見ると回復は楽観できず、株価回復は短期リバウンドであると見られている。 今回の市場動向変化を考察するに、インテル業績は常に先行指標として投資家の注目の的であったが、その圧倒的な役割が弱まりつつあることに注目してみたい。
世界のハイテック市場において代表的な商品の年間売上は、PCは1億2千万台、ディジカメは6千万台、携帯電話は6億台である。 5年前迄は殆どPCが占めていたがディジタル化が爆発的な速度で進むにつれ市場牽引車としての役割が低下した。 日本の半導体各社はPCに依存しないビジネスモデルに転換した。 半導体の技術開発は数量の多い携帯電話に焦点を当て、その後他製品に展開する構造に変化した。 この構造変化への対応に遅れたのが、インテルの株価に素直に反映されたのではないかと私は考える。
インテルは最近製品開発の中止や遅れが相次いでいた。 今まで会社存続の根拠であったムーアの法則が揺らいでいる。 これ以上早いCPUを作ろうにも技術的にも限界が見えてきた上に、投資を回収できる需要も期待できない。 この模索の中、後2ヶ月でポール・オッテリーニ社長がクレーグ・ベレット氏の後を次いで最高経営責任者となり新しい舵取りを期待されている。 ポールは70年半ばの創世記に入社しCPU事業の本流を歩いてきた。営業責任者、社長と階段を上がりCPUパワーを高めるより通信や表示機器等の周辺回路の取り込みに重点をおいた商品の転換に成功させた。 しかし、これはもともと圧倒的に有利なインテル独占のビジネスモデルが確立しているPCの世界での戦いであった。
挑戦は成長しているディジタル化商品の世界でインテルが意味のある地位を獲得することができるかである。 業界はPCのビジネスモデルを適用させない決意であり、インテルには今までになく困難な挑戦であるといえる。 ポールとは95年に営業責任者になった前後に数回会った事があるが、インテル技術者の醸しだす独特な雰囲気がなくタフなアメリカン・ビジネスマンという印象が残っている。 離婚歴があり子供もいるが、アメリカのビジネスマンは砕けた感じの人が多い中で、家庭の事を一切話さず一寸変わっているという記憶がある。 彼なら長年のインテル独占のビジネス構造にどっぷり漬かった文化を変えて新たな発展の基礎を作ることができるかもしれないとの期待があるのであろう。
ハイテック調査会社であるGartnerやIDCも7月時点で世界PC市場は年率13%成長を予測をしていたが、その後市場は減速した。 日本のPC市場は5月連休の商戦頃から前年売上を下回るようになり世界市場に先行して減速が始まっていた。インテルはバックツスクールの需要(9月)が弱く在庫が踏みあがると報告しているが、実際には7-8月の売上に異変が出て下方修正せざるをえなくなったと思われる。
ところが、NASDAQ株価は先週後半に盛り返しハイテック比率の高い日本市場の株価も連動して回復してきた。 回復は直近の半導体需要が堅調で、IT企業の足下の業績が良く、原油価格が40ドル前半で落ち着いてきたことが上げられる。 しかし、中期的に見ると回復は楽観できず、株価回復は短期リバウンドであると見られている。 今回の市場動向変化を考察するに、インテル業績は常に先行指標として投資家の注目の的であったが、その圧倒的な役割が弱まりつつあることに注目してみたい。
世界のハイテック市場において代表的な商品の年間売上は、PCは1億2千万台、ディジカメは6千万台、携帯電話は6億台である。 5年前迄は殆どPCが占めていたがディジタル化が爆発的な速度で進むにつれ市場牽引車としての役割が低下した。 日本の半導体各社はPCに依存しないビジネスモデルに転換した。 半導体の技術開発は数量の多い携帯電話に焦点を当て、その後他製品に展開する構造に変化した。 この構造変化への対応に遅れたのが、インテルの株価に素直に反映されたのではないかと私は考える。
インテルは最近製品開発の中止や遅れが相次いでいた。 今まで会社存続の根拠であったムーアの法則が揺らいでいる。 これ以上早いCPUを作ろうにも技術的にも限界が見えてきた上に、投資を回収できる需要も期待できない。 この模索の中、後2ヶ月でポール・オッテリーニ社長がクレーグ・ベレット氏の後を次いで最高経営責任者となり新しい舵取りを期待されている。 ポールは70年半ばの創世記に入社しCPU事業の本流を歩いてきた。営業責任者、社長と階段を上がりCPUパワーを高めるより通信や表示機器等の周辺回路の取り込みに重点をおいた商品の転換に成功させた。 しかし、これはもともと圧倒的に有利なインテル独占のビジネスモデルが確立しているPCの世界での戦いであった。
挑戦は成長しているディジタル化商品の世界でインテルが意味のある地位を獲得することができるかである。 業界はPCのビジネスモデルを適用させない決意であり、インテルには今までになく困難な挑戦であるといえる。 ポールとは95年に営業責任者になった前後に数回会った事があるが、インテル技術者の醸しだす独特な雰囲気がなくタフなアメリカン・ビジネスマンという印象が残っている。 離婚歴があり子供もいるが、アメリカのビジネスマンは砕けた感じの人が多い中で、家庭の事を一切話さず一寸変わっているという記憶がある。 彼なら長年のインテル独占のビジネス構造にどっぷり漬かった文化を変えて新たな発展の基礎を作ることができるかもしれないとの期待があるのであろう。