30歳前後を境にしてライブドアとフジテレビの支持が分かれるといったが、今日のテレビ朝日のニュースステーションの調査によると20代から50代まで押しなべてライブドアの支持が高かったそうである。特に団塊の世代にあたる50代の支持が最も高かったそうである。今まで若い世代の支持が高いとの報道ばかりだったので意外な結果だった。先入観があったのかも知れない。
ライブドアとフジテレビのニッポン放送株式の買収合戦は法廷の場で争われる事になった。政財界や一般の人達の関心が異常に高く新聞ラジオで連日トップ報道されている。巷間では双方への支持は30歳前後を境に若い人はライブドア、それ以上はフジテレビ支持と明確に分かれるという。政財界は概ねフジテレビ支持のコメントを出している。当然フジテレビ経営者は財界の一員であり、政界も経営者よりの発言をせざるを得ないであろう。時間外取引ルールの見直しや海外投資家の放送会社所有の制限について見直しが進むだろう。年齢により支持が分かれるのも社会での位置の差が反映されていると思われる。
しかし、ニッポン放送が発行を発表した新株予約権は別の話しである。フジテレビ以外の株主にとっては絶対許せないことである。ニッポン放送の株式が経営者の保身のために価値が三分の一になる恐れがあることを、株主の許可も得ないで勝手に決めたのである。こんな事が許されれば市場に対する信頼は崩壊する。会社は経営者の物ではなく株主のものである、少なくとも資本主義社会では。これは禁じ手である。ニュースを面白おかしくするテレビ放送でも、株主の怒りに気が付いて報道しているところがあったが、一様に激しい怒りが感じられた。「評論家」がテレビ放送に登場して物知り顔で過去の判例を持ち出してどちらになるか判決の行方は微妙などと言うべきではなく、日本資本主義社会のありようとしてルール違反と一斉に声をあげるべき事である。その位基本的な問題と認識すべき事である。同じ理由で市場より大幅に安い価格でニッポン放送株を売った会社の経営判断の株主に対する説明責任を求めたい。
しかし、ニッポン放送が発行を発表した新株予約権は別の話しである。フジテレビ以外の株主にとっては絶対許せないことである。ニッポン放送の株式が経営者の保身のために価値が三分の一になる恐れがあることを、株主の許可も得ないで勝手に決めたのである。こんな事が許されれば市場に対する信頼は崩壊する。会社は経営者の物ではなく株主のものである、少なくとも資本主義社会では。これは禁じ手である。ニュースを面白おかしくするテレビ放送でも、株主の怒りに気が付いて報道しているところがあったが、一様に激しい怒りが感じられた。「評論家」がテレビ放送に登場して物知り顔で過去の判例を持ち出してどちらになるか判決の行方は微妙などと言うべきではなく、日本資本主義社会のありようとしてルール違反と一斉に声をあげるべき事である。その位基本的な問題と認識すべき事である。同じ理由で市場より大幅に安い価格でニッポン放送株を売った会社の経営判断の株主に対する説明責任を求めたい。
米国政府が統計を取り始めた1947以来始めて家庭の貯蓄がマイナスになると月曜日に報告される見込とCNNが報じている。つまり米国消費者の買い物大好きが昂じて、遂に稼ぐより沢山使い始めたという事である。
世界は好調な米国経済の恩恵を受けて経済成長を続けている。その米国GDPの7割以上が個人消費に支えられており、米国消費者が借金してまで消費する事により世界の経済が支えられているのが現実なのである。以前報告したように彼等はキャピタルゲイン特に住宅価格の値上がり分をお金に替えて消費している。又、別に報告したように米国の住宅高騰は既にバブルの特徴を示し始めており、万が一バブルが弾けると一気に米国経済がスロウダウンし、瞬く間に世界経済に悪影響が波及すると私は内心恐れている。
米国の短期金利が徐々に上昇しており最終的に3.5%前後になると見られており、連動して住宅ローン金利が上がるとどこかで住宅需要が軟化する恐れがあり、グリーンスパン連銀議長始め関係者の貯蓄率低下の懸念が伝えられている。取り敢えず貯蓄マイナスはシンボリックな意味合いしかないだろうと予想されているが、何処まで米国消費者は使いつづけてくれるのか、固唾を飲んで見守る気持ちである。
一方、日本の消費のGDPに占める割合は安定して55%であり、貯蓄率は若干低下気味だが資産総額1400兆円あるにもかかわらず、期待のディジタル家電も失速気味で依然デフレから抜け出せず消費は低調である。目先の問題として史上最高の企業業績をたたき出してもリストラが続き労働分配率が改善しない上に、年金など将来不安が消費を抑制していると言われており、システムに対する信頼の程度が消費に反映しているのかもしれない。当座は何でもいいから米国の消費者に買い物を続けて欲しいというところだ。
世界は好調な米国経済の恩恵を受けて経済成長を続けている。その米国GDPの7割以上が個人消費に支えられており、米国消費者が借金してまで消費する事により世界の経済が支えられているのが現実なのである。以前報告したように彼等はキャピタルゲイン特に住宅価格の値上がり分をお金に替えて消費している。又、別に報告したように米国の住宅高騰は既にバブルの特徴を示し始めており、万が一バブルが弾けると一気に米国経済がスロウダウンし、瞬く間に世界経済に悪影響が波及すると私は内心恐れている。
米国の短期金利が徐々に上昇しており最終的に3.5%前後になると見られており、連動して住宅ローン金利が上がるとどこかで住宅需要が軟化する恐れがあり、グリーンスパン連銀議長始め関係者の貯蓄率低下の懸念が伝えられている。取り敢えず貯蓄マイナスはシンボリックな意味合いしかないだろうと予想されているが、何処まで米国消費者は使いつづけてくれるのか、固唾を飲んで見守る気持ちである。
一方、日本の消費のGDPに占める割合は安定して55%であり、貯蓄率は若干低下気味だが資産総額1400兆円あるにもかかわらず、期待のディジタル家電も失速気味で依然デフレから抜け出せず消費は低調である。目先の問題として史上最高の企業業績をたたき出してもリストラが続き労働分配率が改善しない上に、年金など将来不安が消費を抑制していると言われており、システムに対する信頼の程度が消費に反映しているのかもしれない。当座は何でもいいから米国の消費者に買い物を続けて欲しいというところだ。
東芝の次期執行役社長に西田厚聰氏が内定したと報じられた。西田氏は国内大手電気メーカ初のパソコン出身の社長となった。国内市場トップのパソコンメーカNECは既にパソコン事業を子会社にスピンオフさせ、先週第2位の富士通もパソコン事業を南多摩工場から川崎に移転する事が発表された。2000年以降パソコン市場は台数ベースで伸び悩む一方、単価下落が続き右肩下がりの売上高が続いている。Gfkによれば昨年から好調だったTVチューナ付きデスクトップパソコンの売上が軟調で今月初めに大幅値下げ、昨年同時期より3万円も安く売って何とか売上を稼いでいる。このような中でパソコン事業出身の西田氏の社長就任は、長い間同じ業界に身をおいた私にとって感慨深いものがある。
海外向けノートパソコンが主力の東芝も中国の低価格攻勢を受け2002年頃から構造改革に着手し苦労しながら2004年度黒字化の目処が立ったと報じられている。2002年当時誰もが中国シフトを進めている時で青梅に資源を集中すると聞き先行き不安を感じたのを記憶しているが、今回アウトソースを徹底的に進めたと聞いて多分修正があったのだと思った。パソコン事業は主要部品のソフトウエア、CPU、メモリー、周辺装置等が全て水平分業化され誰もが作る事が出来るビジネスモデルとなっている為、徹底的にオペレーションを効率化し非常に薄いマージンで利益を出さないと生き残れない事業である。言葉や好みの差、商習慣の違いで日本独自の市場が存在して来たが、中国・インド等途上国のパソコン普及とディジタル家電との融合が市場の壁を低くし、今後低価格化が更に進むと私は見ている。その中で世界市場に主戦場にしている東芝が黒字化の目処をつけた意味は大きい。
西田氏はノートパソコンを世界市場で認知させ、世界ブランドにした。他のどの日本メーカも出来なかったことである。95年から4年弱米国で働いた時TAIS(東芝アメリカ)と取引があり、トップメーカには良い人材が集まるという事を実感した。優秀な資材管理人材を持っていかれた事も記憶に残っている。世界市場はより競争が厳しくその中で黒字化できたは本当に凄い事である。他の事業を全て良く知っている訳ではないが、パソコン事業は最も速度が速い世界規模のビジネスである。その中で培われたビジネス感覚はどの事業にも通用すると私は思う。DVD等ディジタル家電や難しい舵取りが要求される他分野の事業にパソコン流のスピード経営で業績が改善することを西田氏に大いに期待したい。
海外向けノートパソコンが主力の東芝も中国の低価格攻勢を受け2002年頃から構造改革に着手し苦労しながら2004年度黒字化の目処が立ったと報じられている。2002年当時誰もが中国シフトを進めている時で青梅に資源を集中すると聞き先行き不安を感じたのを記憶しているが、今回アウトソースを徹底的に進めたと聞いて多分修正があったのだと思った。パソコン事業は主要部品のソフトウエア、CPU、メモリー、周辺装置等が全て水平分業化され誰もが作る事が出来るビジネスモデルとなっている為、徹底的にオペレーションを効率化し非常に薄いマージンで利益を出さないと生き残れない事業である。言葉や好みの差、商習慣の違いで日本独自の市場が存在して来たが、中国・インド等途上国のパソコン普及とディジタル家電との融合が市場の壁を低くし、今後低価格化が更に進むと私は見ている。その中で世界市場に主戦場にしている東芝が黒字化の目処をつけた意味は大きい。
西田氏はノートパソコンを世界市場で認知させ、世界ブランドにした。他のどの日本メーカも出来なかったことである。95年から4年弱米国で働いた時TAIS(東芝アメリカ)と取引があり、トップメーカには良い人材が集まるという事を実感した。優秀な資材管理人材を持っていかれた事も記憶に残っている。世界市場はより競争が厳しくその中で黒字化できたは本当に凄い事である。他の事業を全て良く知っている訳ではないが、パソコン事業は最も速度が速い世界規模のビジネスである。その中で培われたビジネス感覚はどの事業にも通用すると私は思う。DVD等ディジタル家電や難しい舵取りが要求される他分野の事業にパソコン流のスピード経営で業績が改善することを西田氏に大いに期待したい。
このところBlog投稿に時間をかけ読書の時間が減ってきた。パーソナル・ジャーナリズムとして投稿品質を維持したいなどと格好良く公言したものだからBlog投稿がプレッシャーになり楽しくなくなってきた気がする。昨年12月初めに本を読むぞと気合を入れて田舎に帰ったのだが今一進まなかった。退職後人生最高の楽しみと期待していた晴耕雨読の精神が失われた感じだ。という事でこの2、3日近所の図書館で読書に専念しモヤモヤの空気抜きをした。結局この冬読んだのは下記のとおりで、何時もの通りの雑読である。いつの頃からか私は小説をあまり読まなくなった。役に立たないものは読まないと言う狭い功利主義から来たものである。という事で気分転換を兼ね初めて村上春樹を読んだ。内容を吟味しながら読む本に比べあっという間に読み終わり後味も悪くない。それに比べるとP.コーンウェルは冗長で、途中で止めたくなるくらい酷かった。
秋霜烈日 伊藤栄樹 朝日新聞 1988
ベスト・プラクティス R.ヒューブラー他 TBSブリタニカ 1999
市場対国家 D.ヤーギン J.スタニスロー 日本経済新聞 1998
大恐慌などの市場の失敗を国家が矯正して行くケインジアンの「大きい政府」から、冷戦後サッチャーの改革により市場に委ねる「小さな政府」が時代の流れに乗りグローバル化していく様が各国固有の状況を踏まえて展開されていく。特に上巻のターニングポイントとなった炭鉱スト対応の描写が生き生きとして目に浮かぶ。10年以上前BBCのサッチャー回顧録ビデオを再度見直しより深くその意味を理解する事ができた気がする。
デフレの恐怖 R.ブートル 東洋経済新報 1998
酷い翻訳のため難解で、折角の力作が泣いている。日本のデフレが始まる直前に書かれたものだが、振り返ると当時の危機感が十分でなかった事を痛感する。デフレに突入する時の市場心理は参考になる、もし知っていれば私ももっと良い経営が出来たかも?
ローマの街角から 塩野七生 新潮社 2000
サザンクロス P.コーンウエル 講談社 1998
初めて翻訳本を読んだ。翻訳がまずいのか初期の作品だからそうなのかテンポが悪い。やはり原書で読むに限る。
岩登りのうまくなる本 松本龍雄 朋文堂 1965
この小冊子にも昭和40年初期の登山熱が伝わってくる。
9.11 アメリカに報復する資格はない N.チョムスキー 文春文庫 2002
9.11後2週間時点で著者はグローバリゼーションでも文明の衝突でもないと主張する。米国がやってきた事と同じことをやり返されているだけだと言い切っている。
文明の衝突 S.P.ハンチントン 集英社 1998
前々から読む積りで中々取り掛からなかった大著だがやっと読むことが出来た。その間に並行して下記3冊を気分転換で読んだ。端的に言えば冷戦後の紛争を文明間の衝突、特に西欧の普遍主義に対するイスラムの反発とする主張であり説得力があるが、私は上記の市場対国家で指摘した経済的視点が欠けており肝心なところで納得できない。軍事・宗教面からに加えグローバリゼーションが与えた経済・社会・生活への影響をもう少し眺めてもう一度戻ってきて議論したい。
松本清張のケルト紀行 NHK出版 2000
次の塩野さんの本を読むための軽い準備。
ノルウェイの森 村上春樹 講談社 1987
何で村上春樹を読もうとしたか、世界で最も読まれている日本人現代作家と聞いたから。性描写が繰返しでてきて驚いたが嫌悪感はなかった。もしかして「セカチュー」は同じ路線の純愛編という事か。小説など読まないと言うのに能書きを言うのが私らしい。
七つの海を越えて 白石鉱次郎 文芸春秋 2000
汚職大国・中国 シャオチョン 文春文庫 2001
95年から96年にかけて摘発された中国官吏の汚職の実態を取材したもの。先月も巨額(130億円程度だと記憶しているが)の横領をした中国証券会社幹部の国外逃亡が報じられた。儒教文化の下で問題解決を法でなく人(ボスと言ったほうが良い)に頼る傾向が強く、未だに汚職が収まる気配がない。本書の時代は共産党幹部が汚職の主役だが、急速な経済成長のもと民間会社にも汚職が広がっている。日本も儒教の悪い影響を強く受けたのか未だに嘆かわしい事件が続いている。救いは執拗な当局の追及とそれを支えるトップが存在する事で本書でも執念の追求が生き生きと描かれている。
私事だが、この1年間不正続きで市場の信頼を失い中国国内の株価が低迷しているとの情報があり、直接株式投資に二の足を踏んでいる。私が一般に勧めるのは、かなり保守的だが台湾、香港を含むグレーターチャイナのミューチュアル・ファンドをポートフォリオに3-5%追加するのが無難で火傷しないやり方である。
秋霜烈日 伊藤栄樹 朝日新聞 1988
ベスト・プラクティス R.ヒューブラー他 TBSブリタニカ 1999
市場対国家 D.ヤーギン J.スタニスロー 日本経済新聞 1998
大恐慌などの市場の失敗を国家が矯正して行くケインジアンの「大きい政府」から、冷戦後サッチャーの改革により市場に委ねる「小さな政府」が時代の流れに乗りグローバル化していく様が各国固有の状況を踏まえて展開されていく。特に上巻のターニングポイントとなった炭鉱スト対応の描写が生き生きとして目に浮かぶ。10年以上前BBCのサッチャー回顧録ビデオを再度見直しより深くその意味を理解する事ができた気がする。
デフレの恐怖 R.ブートル 東洋経済新報 1998
酷い翻訳のため難解で、折角の力作が泣いている。日本のデフレが始まる直前に書かれたものだが、振り返ると当時の危機感が十分でなかった事を痛感する。デフレに突入する時の市場心理は参考になる、もし知っていれば私ももっと良い経営が出来たかも?
ローマの街角から 塩野七生 新潮社 2000
サザンクロス P.コーンウエル 講談社 1998
初めて翻訳本を読んだ。翻訳がまずいのか初期の作品だからそうなのかテンポが悪い。やはり原書で読むに限る。
岩登りのうまくなる本 松本龍雄 朋文堂 1965
この小冊子にも昭和40年初期の登山熱が伝わってくる。
9.11 アメリカに報復する資格はない N.チョムスキー 文春文庫 2002
9.11後2週間時点で著者はグローバリゼーションでも文明の衝突でもないと主張する。米国がやってきた事と同じことをやり返されているだけだと言い切っている。
文明の衝突 S.P.ハンチントン 集英社 1998
前々から読む積りで中々取り掛からなかった大著だがやっと読むことが出来た。その間に並行して下記3冊を気分転換で読んだ。端的に言えば冷戦後の紛争を文明間の衝突、特に西欧の普遍主義に対するイスラムの反発とする主張であり説得力があるが、私は上記の市場対国家で指摘した経済的視点が欠けており肝心なところで納得できない。軍事・宗教面からに加えグローバリゼーションが与えた経済・社会・生活への影響をもう少し眺めてもう一度戻ってきて議論したい。
松本清張のケルト紀行 NHK出版 2000
次の塩野さんの本を読むための軽い準備。
ノルウェイの森 村上春樹 講談社 1987
何で村上春樹を読もうとしたか、世界で最も読まれている日本人現代作家と聞いたから。性描写が繰返しでてきて驚いたが嫌悪感はなかった。もしかして「セカチュー」は同じ路線の純愛編という事か。小説など読まないと言うのに能書きを言うのが私らしい。
七つの海を越えて 白石鉱次郎 文芸春秋 2000
汚職大国・中国 シャオチョン 文春文庫 2001
95年から96年にかけて摘発された中国官吏の汚職の実態を取材したもの。先月も巨額(130億円程度だと記憶しているが)の横領をした中国証券会社幹部の国外逃亡が報じられた。儒教文化の下で問題解決を法でなく人(ボスと言ったほうが良い)に頼る傾向が強く、未だに汚職が収まる気配がない。本書の時代は共産党幹部が汚職の主役だが、急速な経済成長のもと民間会社にも汚職が広がっている。日本も儒教の悪い影響を強く受けたのか未だに嘆かわしい事件が続いている。救いは執拗な当局の追及とそれを支えるトップが存在する事で本書でも執念の追求が生き生きと描かれている。
私事だが、この1年間不正続きで市場の信頼を失い中国国内の株価が低迷しているとの情報があり、直接株式投資に二の足を踏んでいる。私が一般に勧めるのは、かなり保守的だが台湾、香港を含むグレーターチャイナのミューチュアル・ファンドをポートフォリオに3-5%追加するのが無難で火傷しないやり方である。