かぶれの世界(新)

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特定秘密保護法は不要な悪法か

2013-11-28 13:11:55 | ニュース

 何とも評判の悪い法案だ。特定秘密保護法案は衆院特別委員会で強行採決され、その後の衆院本会議で可決された。新聞テレビはこの法案に大反対で、全社揃って国民の「知る権利」を損なうと報じた。だが、野党はみんなが賛成に回り、維新も法案修正で合意したが審議時間が十分でないと言っただけ、民主党も法案の必要性は認めた。政治とマスコミには温度差がある。だが、強行した安倍首相は後でツケを払うことになるかもしれない。

マスコミの反対のポイントは理解できる。秘密の範囲を厳密に絞り込み、第三者チェック機関が秘密指定の適否判定を行い、秘密解除後の公開ルールを明確にせよというもので、当然の指摘だと思う。公民に拘らず日本の官僚組織の隠蔽体質は、長い歴史の中で培われた悪性の遺伝体質で歯止が是非とも必要だ。マスコミの組織内にも例外なく存在する。

だが、それが特定秘密保護法に絶対反対する理由になるか私は分からない。というのは国によって差はあるが欧米の主要国には総て秘密保護法があるのに、我が国は不要というロジックが理解できないからだ。何故海外に秘密保護法があるのか必要性について全く触れないで、ただ反対反対と報じる新聞・テレビ報道に私は違和感がある。大震災時に原発事故が隠されたというのは筋違いで、反対の為には住民の反原発感情まで利用するというあざとさを感じる。

もっと正攻法で攻めるべきだ。反対論を構築したのと同じ熱意を持って必要性を論じ、その上で判断するプロセス或いは判断できる材料を読者に提供する、いわば物事を考える基本がこの特定秘密保護法のマスコミ報道に抜けている。マスコミは政府が何故ここで法案を出してきたか深く掘り下げて報じ、それに対して(例えば安全保障など)どう考えるか報じるべきだ。

昨日の日本経済新聞では「ある国の情報トップは『日本がしっかり整備すればもっと情報交換が進む』と話していた」という安倍首相の言を引用して必要論を紹介した程度だ。朝日新聞はその程度の情報すら紹介してない。ただ「知る権利」だけを振り回し、「メディアの利益を守る権力闘争をしているつもりはない(朝日新聞11/27)」と書いても言い訳にしか私には聞こえない。

正直なところ特定秘密保護法は緊急を要する法か、或いは国民から重要な情報を隠す悪法か、まだ私は分からない。判断できる材料が少ない。秘密保護法の恣意的な運用でなくても、恣意的な報道から物事を正しく理解するのはとても難しい。秘密保護法のある欧米に世界で信頼されるマスコミが沢山あることを考えると、君等は一体何が言いたいのかと皮肉っぽく聞きたくなる。■

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伊勢志摩グルメ旅行

2013-11-26 11:53:36 | 旅行記

 元々は家内と息子が25日に予め休暇を取り、旅行に行きたいと言っていたことから始まった。そんな時、酒好きの家内にオイスターバーで美味しいワインを飲もうと提案した。それを聞いたカキ好きの娘が伊勢志摩か仙台に美味しいカキを食べに行こうと提案して、娘の夫君の会社から補助が出る旅館のある南鳥羽に行くことになった。

一昨日の早朝娘夫婦の家に行き、そこで車を軽から普通車に乗り換え予定通り7時過ぎに東名高速に乗った。最高の天気で所々で見える富士山がいつもより鮮明で近くに見えた。中央高速から見る富士山とは形が違い頂上がより平たく見え真近に迫り新鮮だった。

計画より順調に距離を稼いだので、昼食は浜名湖の名物ウナギが四日市の炭焼きウナギに変わった。名古屋を境にウナギを焼く料理法だが、関東風の蒸したウナギみたいに柔らかかった。お店によると炭焼きが秘密で表面が少し焦げ気味で、これが意外に美味しかった。娘は今迄食べた中で一番美味しいとべた褒め、私は四万十のウナギも美味しいと思った。いずれにせよ皆満足した。

その後東名阪から伊勢自動車道を一路南に下り1時間余りで伊勢に到着、お伊勢参りを1日早め内宮に向かった。天候が悪くなりそうだからやれることは全てやっておこうという訳だ。神社に近づくと駐車場に向かう車で大混雑の道を進んだ。駐車場の中に町があるという感じだった。駐車スペースを探して車で溢れた駐車場の間の道を進み、最終的に五十鈴川の河川敷の端にやっと駐車できた。

河川敷を歩き途中から参道に入ると物凄い人混みでうんざりしたが、とりあえず順路に従い正宮に参拝してお決まりの記念写真を撮った。お正月の明治神宮といった混み具合だった。これが年中続くというから凄い。伊勢に来たら伊勢神宮参拝するといういわば定番の行事を済ませたという感じだ。余りにも人が多くて感激よりやっと終わったという思いが強かった。

後は最終目的地の旅館に向かうだけ。鳥羽市市街を通り抜け南に向かい小高い山道を通り抜けて的矢湾に面した畔蛸町の小さな料理旅館に宿泊した。季節外れの為か湾沿いの宿泊施設風の建物の半分くらいは、車が1台も駐車しておらず営業している様子は伺えなかった。港から海岸線を散歩したが会うのは地元の人らしき数人でうら寂しい寒村という印象だった。

仲居によれば土曜日の一昨日はお客が多く、もう少し賑やかだったという。近くの温泉からお湯をひいたというお風呂を浴び、この旅の目的だった漁師料理を頂いた。元々「カキが食べたい」から始まった旅行だが、今年は海温が高いのでカキが育ってなく実が小さい、来年の2月頃が旬だという。だが、焼きカキと天ぷらはそれなりに美味しかった。女性陣はベストだと言った。娘も家内とそっくり「温泉付きのグルメ旅行好き」という立派な中年女性になった。

他にタイのおつくり、あら煮、お酢で煮た揚げた小あじ等盛り沢山だったが、この土地の名物というアオサが凄く美味しかった。私はアオサがこんなに美味しいものだとは知らなかった。あら煮は子供の時食べた懐かしい味で骨以外全て食べた。翌朝の赤出汁のように、名古屋圏の特徴の若干濃くて重い味付けというのが家族の一致した感想だった。どうしても味噌カツの印象が残る。

翌日(昨日)は打って変わって悪天候で、早めに帰路に就くことにした。パールラインを通って国崎展望台に行き、強風下の伊勢湾と対岸の伊良湖岬を見た。家内と娘はお土産を買い(何故か男子は興味ない)、その後は高速道路をブッ飛ばして一路東京に向かった。娘夫婦の車は高速度を感じさせない作りで安定感があり、軽自動車に乗り慣れた我々には至極快適だった。

だが、四日市から愛知県海側を走る伊勢湾岸自動車道に続く数本の長く高い橋は、海からの強風にあおられ時速50kmの速度制限が出て落ち着かなかった。殆どの車は時速80-100kmで走り、時折風で車がスライドしたり前方の高い荷台のトラックが蛇行したりと、ひやひやだった。

それでも新東名に乗った頃から風が弱まり、雨もさほど酷くなく5時過ぎには無事東京に戻った。東京はニュースが伝えたより風は酷くなかった。今朝リハビリに行き先生に聞くと風邪が一番強かったのはとっくに自宅に戻っていた夜9時頃だったらしいが、酒のせいか全く気が付かなかった。

娘と別れ自宅に帰る車中で夕食を何にするか議論になった。私は家で落ち着きたかったが、伊勢志摩の新鮮な海鮮料理を頂いたのに息子と家内は何故か回転寿司が食べたいと言い出し、私も付き合った。伊勢志摩旅行の締めは回転寿司という予想外の終わり方であった。■

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リハビリ開始

2013-11-22 17:37:48 | 健康・病気

看護婦が包帯をほどきギプスを外すと、20日ぶりに見た右手の人差指は血のりが付きまだ青黒い内出血の痕が見えた。第2関節から付け根にかけてむくみがあった。一度も洗ってないので垢が溜っているはずだが鼻に近づけても臭わなかった。先生は触りもせずちらっと見ただけで、決めていたように「今日からリハビリです」と言った。

多分、異常が見られない限りマニュアル通りなのだろう。「これで診察は終わりですか」と聞くと、「いや、リハビリが上手くいっているか確かめるので、2週間後に来て下さい」と言われた。指示書を持って看護婦に案内されて2階のリハビリ室に引き渡された。

子供からお年寄りまで数人の患者がいた。予約がない私は40分待ちになると言われたが、読みかけの本を持参していたので待つのは苦にならなかった。小学生低学年位の年恰好の女の子が入ってきて慣れた感じで部屋の隅に行き片手を突っ込むと、シャワーみたいな音が聞こえた。付き添いの若いお母さんに聞くと温水で患部を温めているのだという。腕を骨折と脱臼したというから、私も泣き言を言ってられない。

しかし、私の番が来るとリハビリは思ったより痛かった。多分痛みで膀胱が収縮したのだと思うが、我慢できず中断してトイレに行く羽目になった。正しい呼称は知らないが「リハビリ技師」は涼しい顔をした若い男性で、女性みたいに綺麗な指をしていた。しかし、容赦なく私の指を曲げた。心の中で100回くらい痛いと叫んだ。

技師先生は筋肉と筋が縮んで硬くなっているので柔らかくして行くと、徐々に第2関節から指の付け根辺りのむくみもとれるだろうという。目標は「人差指と親指で円を作る」、今はOKマークがキツネの目みたいにしかならない。リハビリは通常1か月かかるという。おやまあ、まだ1か月もかかるのか。スポーツ選手が結構早く回復するのは何故と聞くと、彼等はそれが仕事で1日中リハビリするからという。私は勘弁してくれという気持ちだ。

リハビリは30分で終わった。先生と階下の受付に行き、待っている間にリハビリ計画書の説明を受けた。最初が肝心なので当面週3日のペースで密度濃くやりましょうと言われたが、生憎週末から伊勢志摩に旅行予定、来週火曜日からとなった。帰宅して皿洗いにチャレンジしたが皿をシンクに落とした。これからリハビリ生活が始まる。私の目標はバドミントン練習ができるまでだ。■

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さまよえる時空間

2013-11-21 16:47:25 | 日記・エッセイ・コラム

 キャロライン女史が駐日大使に就任したニュースは日米両国で注目されている。米国のテレビニュースはJFK(ケネディ)大統領の暗殺後ちょうど50年、リンカーンがゲティスバーグで暗殺された100年後になると伝えていた。それを見て大統領が暗殺された年を節目にする米国の異常さを感じた。ある意味不幸な国だ。

 実はもっと生々しく感じたのは時間感覚が揺らいだことだ。過去の歴史上のことが一気に私の同時代の出来事として蘇った。JFK暗殺は私の青春時代で、当時最初の衛星放送で太平洋を越えて伝えられたニュースだった。リンカーン暗殺は教科書で教えられたことで全く別の時代という感覚がある。50年前と更にその100年前と言われると、同じように歴史であり同時代の伝説のように感じた。多分今10代の人達にとってみればどちらも昔のことだろう。

 そこから勝手に論理展開し妄想が膨らんだ。私は1947年生まれ、団塊世代の先頭ランナーだがその2年前に世界大戦が終わったばかりなのに、戦後10年たって物心ついた時は戦争は遠い昔のことだった。年数で言えばバブル崩壊より最近のことだ。更に青春時代の私には日露戦争は遠い昔だったが、当時はちょうど50年前頃だった歴史上の出来事だった。私にとって50年前のJFK暗殺にショックを受け何を感じたか映像とともに鮮明に記憶に残っている一方で、日露戦争は今も昔も教科書の歴史の一部でしかなかった。

 多分、既に30代半ばの私の子供達にとっては、リンカーンとケネディはともに暗殺された歴史上の米国大統領みたいな印象しかないだろう。ましてやもっと若い青少年達の殆どはケネディという名前を今回初めて知ったという人達も多いのではないだろうか。だが、私にとっては国葬に迎い喪服のジャッキーに手をひかれた幼い女の子が、タイムマシンに乗って50年後しわくちゃの大使になって突然現れたみたいな驚きがある。

 突然の彼女の出現は私の時間感覚をおかしくさせた気がした。私が若い頃全く別の時代だと思っていた戦前の昭和や、明治大正時代、更には幕末からそれ程経過してない時代に生まれ育ったと思い知らせた。その時代の日本人とは自分は全く違うと思っていた。全く別の時代に住んでいる別の(現代の)日本人と思っていた。だが、50年前のケネディ暗殺の記憶がキャロライン氏の来日でよみがえり、別の時代だと思っていた私の時空間が繋がっていたと感じた。■

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食材偽装のいじめ報道

2013-11-17 17:49:15 | ニュース

阪急阪神ホテルズのレストランがメニューと異なる食材を使ったメニューの虚偽表示は発覚して以来、全国の有名ホテルや百貨店が相次いで同じ問題があることを公表した。「誤表示」などと言葉使いをしても、やっていることは「偽装」だ。誤表示といって言葉使いまでごまかしていると感じ私は不愉快だった。

不祥事の背景にあるのは、ホテルや百貨店という大組織の中のレストランに共通する問題であり、調達部門と調理部門が分かれ経営トップからコストダウンの圧力を受けて発生したという。食の信頼を大事にするオーナーレストランでは起き難いことだと思う。ブランド化された食材や老舗の百貨店やホテルを有難がる消費者(失礼ながら愚かな消費者!)も一因という。

一連の騒ぎが落ち着いたところで「メニュー偽装」について私の感じることを述べたい。阪急阪神ホテルズの社長の記者会見を見て、行きつけのカフェのマスターが「酷い会見だった。これで終わりにならないだろう。」と予言した通りになった。見るからにサラリーマン社長でテレビ的に反省の姿勢が伺えない会見の様子が繰り返し報じられ、一種のいじめで社長辞任に追い込まれた。

二度目の記者会見は私も見た。彼は鉄道畑出身だそうで、いかにもサラリーマン的風貌と受け答えだった。これじゃ駄目だと思ったと同時に、元サラリーマンの私としては同情を禁じ得なかった。私の常識では大企業だったらコンサルタントもしくは総務部門が想定質問回答集を作り、社長は十分準備して会見に臨んだはずだと思ったのに何故あんな粗雑な対応をするのか。

この件に興味を持ち息子と意見交換した時、コンサルタントの関連業界勤めの彼はそんなものないはずだと断言した。テレビの報じた内容だけから判断するとその通り酷い内容だった。消費者相手の商売なのに不用意な記者会見内容が私には不思議だったが、まあ自業自得だと思った。

私が今問題と感じるのは、その後続発した同種の問題についてテレビは追求の熱意を失い、型通りのニュース報道で済ませたことだ。当然ながら後から露見した会社の責任者に対する追及は弱まり辞任に追い込まれる恐れも格段に少なくなったことだ。だが最初の餌食になった阪急阪神ホテルズ社長は、受け答えの拙さに加えテレビ的に「いじめられ易い顔」をしていた。

社長辞任にまで追い込んだのなら、同種の問題について最初と同じ熱意をもって後続して露見した(業界共通の構造的な)問題についてもしっかり追求すべきだと思う。辞任した社長は辞め損になる。そうでないと、今後も不祥事が起こると、見つからないよう秘匿に努め、誰か不運な奴が最初に見つかると、時期を見てこっそり告白する方が被害が少なくブランドイメージを守れる。そんな歪んだ発想を助長することになると思う。

だが、身近に参考になることがある。公共工事の談合問題を無くす為に、内部告発を最初にした企業を有利に扱うルールに変更して談合が劇的に減ったという。何かと言えば官僚的と批判するが、テレビ等のマスコミ報道はこの精神を見習ったらどうだろうか。社長を辞任させる権力を持ったマスコミにはその責任がある。最初に不祥事を発表したところだけが著しく痛めつけられるいじめ報道から脱却し、背景をきちっと調べ構造的な問題まで掘り下げて報じて欲しい。■

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