昨日、石鎚山に登った。2001年夏に家内と登って以来11年ぶりの石鎚山だ。紅葉シーズンを伝えるニュースを見て、帰省中の義弟を誘った。彼は仕事をやめてから山歩きをしたいと何度か言っていたのを思い出して電話すると二つ返事でOKしてくれた。
朝8時過ぎに車で迎えに来てくれ、途中道を間違え聞いたこともない山道を1時間道草した。こんな時も彼は理解不能なほど前向きだ。久万高原町から石鎚スカイラインを上り土小屋に着くと平日なのに駐車場はほぼ満杯だった。県警のマイクロバスが2台駐車していた。やっと駐車スペースを見つけ、お土産屋で水を買って歩き始めた時は11時を過ぎていた。
車でスカイラインを登っていく途中から急峻な石鎚山頂が見え、周りの山々は美しく色づいていた。高い山は薄緑の熊笹が遠目には芝生のように広がり、その下方に針葉樹の濃い緑が点在して広がり、更に赤や黄色の森が晴れ間に映えていた。二人は「今日来て正解だった」と何度も頷いた。
義弟はしょっちゅうゴルフをして10km以上歩くから、それなりに足には自信があるといっていたが私は山歩きとは違うと彼の脚力を疑っていた。擦違うハイカーの殆どは登山靴だが、私はソールの硬いトレールラン・シューズ、彼は底の厚いスニーカーだった。歩き始めて直ぐに、スニーカーをペタペタさせるような歩き方が気になり、ゆっくり大またで踏みしめるように歩けと彼に勧めた。
ハイカーは女性が6割程度、しかも中高年女性が多かった。意外だったのは駐車場の車のナンバーは高知、大分、福岡、広島、岡山、姫路など県外からの方が多かった。高知からだと車で2時間余りで石鎚山は日帰りコースらしい。途中、擦違うたびに声をかけるとやはり圧倒的に県外から来た人達だ。70歳過ぎの女性が元気に歩いていく。
ここにもスタイリッシュなハイカー、いわゆる山ガールを何組か見かけた。だが、印象的だったのはニッカボッカ・スタイルの中高年カップルだ。「ワーッ、懐かしのニッカボッカだ!」と声をかけると、「私達、伝統を大事にするの、それに膝が楽だし」とにっこり笑って返事が返ってきた。私には山ガールより洒落ていると感じた。私のニッカボッカは箪笥のどこかに眠っているはずだ。
そうしているうちに空が暗くなり、雨が降り始めたと思ったらあられに変わり、熊笹の葉を騒々しく打ち始めた。思ったより寒くなかったので車にウィンドブレーカーを置いてきた。困ったなと思ったが、空はそれほど暗くならず頂上は見えていた。下山するハイカーの顔色も落ち着いていたので、構わず歩くことにした。予想通り雨は直ぐに上がった。
問題は義弟だ。頂上まで片道4.6kmの道のりだが、案の定半分くらい着たところで遅れ始めた。歩き始めた頃に追い越した女性パーティにも追い越された。西条からのルートと合流点で会った女性ハイカーに後れて来る彼に水を渡してくれとお願いして私は最初の鎖場に進んだ。
目の前に30代女性パーティが鎖に尻込みしているので、「3点確保」の基本さえ守れば大丈夫と元気付けると、私の後について登り始めた。しかし、正直言うと私も記憶より足場を見つけるのに結構苦労し、下を見ると怖かった。怖がっていたはずの彼女達の方が楽しんでいた。内緒です。
第1の鎖場を登りきると、第2、3の鎖は崖崩れで禁止され巻き道を通った。今度はもっと若い健脚な女性二人に追いつき、同じ速度で歩いて話が弾んだ。話しながらと歩くと楽しい、特に若い女性となら。途中、路肩や日陰の吹き溜まりに残雪が見られたが無事頂上に着いた。義弟の足ではまだ時間がかかりそうなので、私は天狗岳まで足を伸ばすことにした。
一旦、鎖で数m下降し痩せた尾根を100mかそこら辿ると天狗岳だ。途中、片側は絶壁で反対側も急峻な坂の傾いた扁平な岩の上は滑りやすそうで、腰が引けてみっともない歩き方になった。大きな岩場には訓練中の県警のクライマー10人余りが絶壁など平気といった感じでいたが、私は少し離れた安全なルートでも怖かった。途中しゃがみこんで下方を覗くと全身が引き締まった。
頂上に次々と現れる人達と写真のシャッターを頼んだり頼まれたりした後、早々に引き返した。心配していた義弟は既に頂上に着いて、売店でカップヌードルを食べて待っていてくれた。私は用意してきた弁当を頂き、改めて知り合った中高年女性パーティ達と記念写真を取り合った。この人達は兵庫からで、昨日は剣岳で今日は石鎚、天狗岳にも行ったのだから凄い。
下山ルートも鎖場を選んだ。下りの鎖は登りと並び、足場が見えないので意外に苦戦して時間がかかった。途中、二三度足場が滑りシャツに滑った後がついた。ヒヤッとした。勿論、鎖に両手が掛かっているから滑落する事はない。義弟や女性パーティは既に鎖の取り付き場あたりのベンチで休んでいた。
それから後はひたすら歩くだけ。この頃には天候が回復し、紅葉や遠くの山々に瀬戸内海沿岸の町としまなみ海道から瀬戸内海の島々まで見渡せた。遠景が薄青く見えた。思ったより濃い青だった。オーストラリアのブルーマウンテンを旅して歩いた時、青く見えるのはユーカリが出すガスのせいだと聞いた。この時期の石鎚から見える青い遠景は何故だろうか。
気がつくと義弟の姿が見えなくなっていた。暫く待つとよれよれになって歩く彼の姿が見えた。下り坂が彼の足を痛めつけているようだ。膝にきている様子だった。適当な木の枝を何とか見つけてナイフで削り杖に仕立てて渡した。後で聞くと膝ではなく股やふくらはぎに痛みを感じたというが、それでも少しは役に立ったという。
すっかり車が無くなった駐車場の脇で座って彼を待った。彼が現れて立ち上がると私も足に疲労を覚えてよろけた。山歩きは長年やってきて足には自信があったが、みっともない姿は見せなかったものの彼と大差ない。同じように年をとって衰えたと内心思った。5時過ぎに出発、帰りは道を間違えることもなく7時前に実家に戻った。■