グローバル金融不安はG7・G20各国の対応で、一旦落ち着きを見せた。しかし、息つく暇も無く実体経済が予想以上に傷んでいることが明らかになり、動揺は収束していない。今度は、欧州がユーロ暴落、ハンガリー・アイスランド等の通貨危機が表面化し、底を打ったという感じを受けない。
そこで頭の体操を兼ねて、世界の金融システムを揺るがした仕組みと金融商品を、若干こじつけ気味ではあるが、私が長く働いたハイテック業界で起こったことで喩えて、視点を変えて頭を冷やして見直し理解を深めたい。最初に、今回の問題に対する私の理解を大雑把に説明する。
サブプライム峠の先に真の問題があった
今回の金融危機は、サブプライム・ローンの焦げ付きから起こったが、「今にして思えば、サブプライム問題は広く蔓延している金融システムの欠陥をえぐり出したに過ぎなかった」(Rサミュエルソン)であり、今世界が直面しているのは「もっと根源的なグローバル金融の問題」である。
その中でも金融技術を駆使したデリバティブ(金融派生商品)と、それを流通させる仕組が世界を震撼させた主役である。これに関して最も有名なコメントは、世界最大にして著名な投資家ウォーレン・バフェット氏が、「デリバティブは金融版の大量破壊兵器であり、潜在的に致命的な脅威である」と、既に2003年に鳴らした警告であろう。
金融派生商品とその流通が危機を招いた
代表的な金融派生商品は、サブプライムを小口化して他の証券と組み込合わせた債務担保証券(CDO)といわれるもので、世界中の投資家が買える様に市場に流通された。CDOは格付け機関(ムーディーズ等)が高く格付けし信頼感を与えた。更に、万が一債務不履行等の問題が生じた時のために、クレジット・デフォールト・スワップ(CDS)という保険(AIG)でリスクがヘッジされた。
つまり、証券の中身が分からなくても誰でも安心して買える様に、高い格付けでお墨付けを与え、万が一の時の保険をかけリスクの無い投資のように見える仕掛けで、世界中の投資家を引き付けた。しかし、騙したとは言わないが、リスクが顕在化した時、重大な落とし穴が隠れていた訳だ。
アナロジー
この仕掛けは、ハイテック商品がデジタル化され商品開発・生産が「モジュール化」した時のことを思い起こさせる。パソコンの場合について言うと、IBMがPCATと呼ばれたパソコン標準を公開後、世界のパソコン業界が一変した。当時圧倒的な力を持ったIBMの仕様公開により、パソコンを構成する部品が実質上標準化されて流通し、サブプライムの証券化と良く似たプロセスが起こった。
即ち、極めて高度な技術が詰まったOSやCPUを、マイクロソフトやインテルがパソコンを構成する標準部品として供給し、短期間に世界中のパソコンに組み込まれることになった。パソコン装置メーカーは「ブラックボックス」といって、当初は中身が分からないまま利用することを躊躇したが、膨大な自主開発コストや競争力を考えると標準部品を利用する他に選択の余地が無かった。
ブラックボックス・モジュールの絶大な効果
技術力が無く中身を知らなくともパソコンが作れると分かると、次の段階として労働コストの安価な台湾や中国、東欧などに生産が移行されグローバル水平分業が起こった。周辺機器など他の部品も驚異的な速度で技術進歩が起こった。かつてのスーパーコンピューターの性能を持つパソコンが安価になり世界中に普及、今では秋葉原で部品を買い誰でも自作パソコンが作れる。
ハイテック商品に限らないが、標準ユニットを調達し組み立てる方式を、モジュール化もしくはモジュール型生産という。日本の製造業はモジュール生産より自動車のような擦り合わせ型生産が得意だと以前報告したことがある。やがて日本メーカーは世界市場から撤退を強いられて行った。
生産方式の違いはサプライチェーンやビジネスモデルにも関る。金融システムでも「証券化を通じたモジュール化が起こった」と考えることも出来る。モジュール化により中身はよく分からないが、リスクが薄められ普遍化されて世界に安価に提供する仕組は、正に米国が得意とする技術によるビジネスモデルの転換だった。しかし、不幸なことにその金融商品には不具合が混じっていた。
ハイテック商品と金融商品の違い
しかし、アナロジーはここまでだ。CPU等のブラックボックスに問題が起こった時、最終販売者であるパソコンメーカーは標準部品の提供者と連携して責任を持って販売した商品を回収修理した。その業界でビジネスをしていくための常識であり、それが出来なければ市場から退場させられた。
だが、金融業のモジュール化は高度な金融技術でリスクを分散させたが、万が一のとき誰もが責任を取れないシステムを作り上げてしまった。これが決定的な分かれ目だった。それが、手持ち資金の30倍もの投資(レバレッジが30倍)を可能にし、サブプライムという地域の問題を世界の危機にまで大きくさせた一因となった。
リスク転嫁の仕掛け
何故こんな欠陥システムを許したか。牧野洋氏はこの無責任システムを、「債権者はCDSを買うことによりリスクをAIGなどの第三者に転嫁していたところに問題の根っこがあった」とし、「他人の資産に勝手に保険をかけた綻び」(日経BP10/20)との指摘はポイントをついている。
氏は続けてフォーチュン誌の記事を引用して、CDSとは乱暴な運転をする友人に無断で勝手に車両保険をかけ、本当に事故が起こると保険金を受け取る。保険会社もリスクを感じて、保険契約を第三者に転売し、更に他の証券と併せ転売されるようなものだと分かり易く説明している。
ハイテックが危機を加速
いくらなんでも、こんな無責任なことはハイテック業界では起こらなかった。だが、短期間に問題を危機レベルに高め世界の投資家をパニックに陥れたのは、ハイテックが貢献している。日本語版ニューズウィーク誌(10・29号)によるとインターネット通信技術が影の銀行システム(規制対象外にある貸し出しシステム)を作り、金融危機を生む一因となったと指摘している。
それは目に見える建物内にある市場ではない。多くの規制外の取引は「IM」を介して行われ、数人のトレーダーとメッセージ交換するだけで、例えば1億ドルCDSの売買が成立したという。現在ネットは金融情報で溢れているが、この肝心なトレーダー取引の実態は闇の中のままだという。
アナロジーが意味するあるべき姿
最近の危機について、ロケット学者がタネを蒔いた金融技術は経済が均衡状態にあるときに機能するモデルをベースに作られたもので、危機に陥り新しい均衡状態を求めて市場が流動的になった時の振る舞いの考察が欠如しているという指摘は、私のような素人にも納得の行く説明である。
現状の混乱を見ると、そもそも経済学とは均衡状態での学問であり、一旦市場が危機に陥ると寧ろ心理学の出番だというのも理解できなくはない。だが、上記のアナロジーからいえることは、モジュール化によるブラックボックス商品のもたらした利益は維持可能な範囲に抑え、リスク転嫁とレバリッジは明確な基準に基づいた規制を優先すべきだと思う。■