99年に米国から帰任して暫らくたって毎月来る請求書が気になりだした。凄く高い気がするが、総合すると一体幾ら消費しているのか、費目別に幾らかかっているのか殆どわからなかった。直感的に無駄な消費が多い気がしたが、何をどう改善すべきか具体的なプランが必要だった。
かつて管理者教育を受けた時、「経営管理の要諦は費用構造に始まり費用構造に終る」と聞かされその場面にも立ち会ってきた。ところが自分の生活の費用構造は全くわからなかった。将来の老後に備えて無駄の無い生活にするには、費用構造分析し節約しなければと思った。
ということで家計簿と資産管理を統合管理するマイクロソフト社の「Money」を購入し、買い物のレシートを集計し入力、併せて預金や株など投資状況も取り込んだ。そのうち銀行やクレジットカードから海外市場までオンライン接続して、手間隙かけなくともデータ収集できるようにした。
1年後の2001年暮には我が家の費用構造がどうなっているか詳細が明確になった。殆どのカテゴリーの費目が水膨れしている様に私の目に映った。安定した収入が保証される会社勤めはあと何年も続かない。退職後も持続可能なレベルまで生活を何とかしなければと思った。
改革はやり易い所から
最初に手をつけたのは通信費だった。当時インターネット接続は従量制のISDNで、電話料金を含め月約4万円弱支払っていた。これを定額料金のADSLに、次に安価になった光に切替えた。平行して電話も安価な契約に都度切替え、最後にIP 電話にし、昨年には通信費が半額になった。
次に保険料だった。社会保険を含め年間150万円以上の支払いがあった。当時は会社勤めだったので報酬比例の厚生年金等が含まれているが、それでも異常だった。生命保険と損害保険を見直し一本化、国民年金支払いが不要となり、昨年保険料はトータルで1/3以下に減った。
自動車保険もネットで条件の良い保険に切替えた。ネット見積もりはその他にも最大限活用、例えば安い車検に切り替えた。大きい買い物は必ずネットで調べて安価に購入、ネットでなくても相場を確認して納得してから購入した。読書はなるべく古本か図書館で済ませるようにした。
その次は水道・光熱費の削減だった。熱効率の悪い都市ガスの暖房を中止、エアコンと石油ストーブか扇風機で過ごすようにした。36万円かかった光熱費が昨年は26万円になった。ガス風呂が壊れたのを機に先月風呂と台所のエネルギー源を電気に切り替えた。深夜電力の活用でトータル20万円程度まで下がると期待している。
痛みを感じる改革へ
この辺まではある程度計画通りに経費削減することが出来た。だが、これ以外の費用削減は家族に今までの生活の仕方を変えさせる必要がある。ある意味今までの生活を否定することになり、家族の理解なくしては実行不可能な領域に入った。
先ずは家族の意識改革から始めることが必要だった。というのも、自宅は結婚する数年前に父の支援で建てたためローンなど住宅に関る苦労も無く、消費の殆どは銀行口座から自動的に支払われる。支出総額の上限を決めて家計を管理するというメンタリティが無かったからだ。
50歳になった頃会社から退職後の生活について夫婦で聞くセミナーの案内を受けたが、生活設計は自分で考えると断った。収入が大幅に減る退職後の生活に如何にアジャストするか奥様に覚悟してもらう為のセミナーだったと後で聞き、参加すべきだったと後悔したが後の祭りだった。
「聖域無き」といいたいところだけれども、これをやったら強烈な反発が帰ってくるというアンタッチャブルな領域が次に控えていた。構造改革を掲げた小泉首相の苦闘ぶりが家計レベルで始まったと共感した。国や自治体は赤字で借金できても、個人の家庭では赤字はそうは行かない。
私と同年代の同じような家族構成の同僚に相場を聞き、それを根拠にして当時同居していた子供達には決まった金額を家計に入れさせるところから始めた。子供達は不満だったかもしれないが、不承不承でも協力してくれた。だが、更に困難な障壁が待ち受けていた。
聖域無き改革
これ以上家計の見直しを進めるためには説得できる公平な基準が必要だった。ネットで見つけた2001年初めに発表された総務省の家計支出動向調査が参考になった。税金と保険料を除いた全国平均の消費支出と比べ、相当に高い支出費目を見せて家内に節約を説得した。
だが、「家庭には夫々事情がある、一律に押し付けられても納得できない」という猛烈な反発が返ってきた。必要な支出は止められない、「総論賛成各論反対」だ。私は総支出抑制を主張。互いに譲らず必ずしも納得していないが一方で節約を続けてくれ、7年間で総支出が4割減となった。
家計の見直しを始めた翌年に1年間の生活の見直しに報いる積りで、節約した金額を使って銀座で買った首飾りを家内にプレゼント、残ったお金で息子とカナダに旅行しロッキーの山々を歩いた。毎年そうするわけにも行かなかったが、ここは粘り強くやるしかなかった。
現在の家計のポジションは2007年第3四半期の総務省の家計調査より3割多い所に到達した。家内は何かと文句言いながらも協力してくれ、ここまで来た。これなら通常生活は年金でやりくりし、事故や住居維持などで予定外の支出が生じた時に保険と蓄えを取り崩せば何とかなる水準だ。
余談
「世帯を車」に「お金をガソリン」に例えると、年金等の定期収入で家計を賄える燃費の車に改造したといえる。燃費の良い、だが余り性能は落ちないハイブリッド・エンジンの世帯になった。たまの遠乗りや故障・定期点検のための資金は近所のガソリンスタンドに預けてあるというところか。
引用した総務省の家計調査は2001年と2007年でまるで変わってなかった。デフレが続き物価も収入も変わらなかったことを考えると至極当然だが、同じ時期に中国やインドの収入が数倍増えているニュースを聞くと、経済停滞した日本で年金や保険の負担で大騒ぎの空しさを感じる。■