私 |
は自分でもケチだと認めている、それもかなりの。倹約家では上品過ぎる、やはりケチだ。身近なところでは私は退職後、カジュアル衣類を着るようになり、ビジネススーツより安価なユニクロを着、それも高いからとシマムラとかサンキに行くようになった。最近は子供の着古しで十分と何も買わなくなった。よれよれのフリースで外を出歩くのはみっともないから止めてくれと家内に厳命された。退職後の消費が意外に盛り上がらないと失望された団塊世代の一人が私だ。
家内に頼まれて食料を買いに行くと、同じものなら最も安いものを買って来た。賞味期限ギリギリの生鮮とはいえない食品とか古米とかを買った。材料にうるさい家内はあきれて選択の余地が無いもの以外私に買い物を頼まなくなった。ショボイとかミジメッタラシイと馬鹿にされた。
私がケチなのは母の性格を引き継いだと思う。子供の頃同級生とお年玉の話題になると額が一桁違い恥ずかしくなって、自分がいくら貰ったか言えなかった。しかし、他人から見ると私の家はまあまあ裕福だったと思う。あだ名は近所ではボクちゃん、小学校ではボンボンと呼ばれた。だが、子供の頃自分の家が裕福だと思った事は一度も無かった。そう躾けられたが、幼心に混乱した。
私から見ると妹は更に上手、1クラス上の倹約の達人だ。彼女は趣味のピアノを弾きパリやNYなど海外旅行を楽しんでいる。だが裏ではあらゆる支出を徹底的に節約して私も驚くほど少ない生活費で済ませている。それでも、少なくとも見かけは全く貧乏臭くなく寧ろ優雅に見える。やっぱり血は争えないと思う。
子 |
供の頃祖母と母が交わす世間話が鮮明に記憶に残っている。だれ某に大金が入って有頂天になったのか派手に使って無くしてしまった。成金はお金の使い方を知らないと言外に軽蔑しているのが子供心にも分かる話し方だった。中でも母はお金の無駄使いに厳しく、彼女には我が子に対しお小遣いという言葉が無いのかと思うほどケチだった。
小学高学年になってようやく貰ったのが、僅かなお年玉と農繁期の手伝いの駄賃だけのお小遣いで、それも全て貯金箱に入れ殆ど使わなかった。学校の帰りに駄菓子屋で煎餅や飴を買う同級生を見て羨ましかったが、私にとってお金は貴重過ぎて使えなかった。青春時代が過ぎやがて会社勤めとなり自分で給料を稼ぐようになっても考えは変わらなかった。
その血は息子にも脈々と流れているようだ。少し前に長男の嫁さんが無駄使いするなときつく言われたと何度かぼやく場面に行き当たった。それを聞いて、息子とは別の世界に生きていると思っていたのに、ああやはり私の息子だと思った。三代続いていると。しかし、娘は違うと思った。衣類をやたらと買う彼女を嗜める亭主を見ると、やはり私の血が影響して夫を選んだのかと思う。
だが、近年私が思っていたより母がケチではないことが分かった。妹や家内は母が高価な化粧品や凄く高いブランド物のコートを持っているのを知っていた。昨冬近所のオバサンが母に誘われて買い物に行った思い出話をしてくれた時、母は松山の百貨店で高価な壺を買ったと知った。良く考えれば築100年以上の実家の改築は母がやったことだ。相当の金額だが、使うものには使った。
それに比べれば私は小さくて依然セコイが、それでも只のケチではない。田舎での買い物は食料を除けば100円ショップだけといってよい。しかし、東京で家族が集まって食事をする時にスポンサーになるのはいつも私だ。その時ばかりはケチな事は言わない。その他にもこれだけはということに躊躇無くお金を使う。只のケチではないということを結論にしたい。
蛇足
最後に、ケチだといわれて悩まなくて良いように、世界をリードする米国の大統領や大富豪が実はどんな風にして育てられたか今はどうなのか、私が読んだ本から紹介したい。このような逸話を読み聞きすると少しホッとする。同時に、極貧の下級武士が明治維新の大業の原動力になったのは、母親の武士として質素倹約とか整理整頓の仕付けが精神形成に影響したと想像する。
* ゴールドマン・サックスのCEOで大富豪のポールソン氏はブッシュ政権の財務長官就任にあたり、よれよれになったコートを新調したのを奥さんが目ざとく見つけ、まだ着れると咎められ返品したという逸話。リーマン・ショックによれよれのコートで取り組んだかと思うと少し笑える。
* ローズFケネディ(ケネディ大統領の母)が自分らの子供に対しては愛情ではなく尊敬を基礎にしていた。・・・上流階級の子育てに共通するのは、質素倹約の刷り込みである。これは成長の過程での金銭の有効利用を刷り込む前提となる。・・・同時に子供の乱費を矯められないことは、親自身が成り上がり者と見なされる、――この意識がよけい上流の親達に質素倹約を子供らに刷り込む動機となった。
・・・この点はプレスコット・ブッシュ(ブッシュ父大統領の兄)も同じで、彼は冨を見せびらかす成り上がり者に一片の同情も持たず、「彼らは高雅さが無い」と決め付けた。(「ブッシュ家とケネディ家」越智道雄 朝日新聞)
* 幼児期にウォーレンは貧しいことの厳しさを体験し、さらに道徳心の強い父の影響を受けたことで、生涯派手な生活には一切興味を持たなくなったようだ。(「バフェット」牧野洋 日本経済新聞)
* 私は子供の時から、家が古いのは(貧乏なのは)恥ずかしいことではなく、家の中を乱雑にしておくことや、破れたままの障子や洗ってないカーテンやテーブル・クロスを放置してあることが恥ずかしいのだと、教えられて育った。・・・(「弱者が強者を駆逐する時代」曽野綾子 WAC出版)■