アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリング、コンサルティングを行っています。
アドラー心理学による勇気づけ一筋40年 「勇気の伝道師」   ヒューマン・ギルド岩井俊憲の公式ブログ



おはようございます。
アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外研修も)とカウンセリングを行う ヒューマン・ギルド の岩井俊憲です。

昨日(10月20日)は、大学・学部時代の友人4人と連絡を取り合って、早稲田大学 第54回 ホームカミングデー  に行ってきました。

大学時代に校舎のあった場所(11号館)の近くで待ち合わせ、大隈銅像前で記念写真。

10:30~11:30の式典の会場は、戸山キャンパスの早稲田アリーナ。

式次第の司会は、卒業50年目の宮川俊二氏。
ご存じのプロのアナウンサーです。

来賓紹介がありましたが、早稲田大学の提携校の高麗大学の総長が呼ばれたときには、大きな拍手がありました。

総長式辞は、田中愛治総長。
昨年就任後1年です。

招待年次代表あいさつは、卒業50年目の弘兼憲史氏(漫画家)です。

図書館で吉永小百合さんの前の席に座って、小百合さんが落とした消しゴムをぎゅっと握ってから渡した思い出をユーモアたっぷりに語りました。

法学部出身の弘兼氏は、4年間を私たちと同じキャンパスで過ごしていたのです。

学費・学館闘争というのがあって、バリケードの中で試験を受け、入学式は1カ月遅れであったことを思い出しました。

校友会代表幹事あいさつの後に校歌「都の西北」を斉唱したときは、数百度も歌ったこの曲でさまざまなシーンが蘇ってきました。

ちなみに、当日招待を受けていたのは、次の年次に人たちで、私たちは《卒業後50年目》1970年次(昭和45年卒業)に該当します。

1《卒業後50年目》1970年次(昭和45年卒業)
2《卒業後45年目》1975年次(昭和50年卒業)
3《卒業後35年目》1985年次(昭和60年卒業)
4《卒業後25年目》1995年次(平成7年卒業)
5《卒業後15年目》2005年次(平成17年卒業)

昼食は、私のなじみの早稲田大学26号館(大隈タワー)15階の 「森の風」 に行きました。

アルコールもオーダーして、1年10カ月ぶりの再会で会話が盛り上がりました。

私を除く4人は、72歳に達しています。

5人中3人がほぼリタイア組。

彼らの中で面白い傾向を見出しました。

悠々自適の人は皆無。

最近アルトサックスを学び、介護施設に慰問に出かけている人。

来年の東京オリンピックでボランティアに志願して英語の勉強を続けている人。

週4回はジムに通いフィジカル・トレーニングに励み、北方健二の『水滸伝』51巻をすべて読破した人。

10年前どころか、2年前とも変化が見られます。

我々は、確実に若い。

ある友人は「リタイア力」が付いて第2、第3の人生を謳歌できる、と語りました。

ランチを終え、私は友人たちと別れて、

田中総長特別講演~WASEDAの未来と今を語る~

を聴きに、3号館301号室に行きました。

総長就任から1年、その取り組みと今後の目指すべき姿について自らが講演します。
後半では、世界で活躍する校友をお招きし、自身が考えるWASEDAのグローバル化の未来についてダイバーシティの視点を踏まえ、総長と共に熱く語ります。

とのことでしたが、これがとても面白かった!

オーストラリア出身のゲイ・ローリー法学学術院教授が司会、そこにワセジョだったお2人に田中総長が加わり、田中総長からは、早稲田の変革が語られ、ゲストの2人からはダイバーシティだけでなく女性のキャリアにも言及があり、とても参考になりました。

私たちが学生だったころは、「学生一流、校舎二流、教授三流」とマスコミで言わていて、教授の早稲田出身比率は86%だと言われていたのを覚えていますが、今は確実に5割を切り、理事ですら4割以下のはずです。

「早稲田は大きく変わる」との信念を抱いて、青春の思い出をよみがえらせながら早稲田の地を後にしたのであります。

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