昨年だったかなぁ、まだ生るかも知れないけれど捨てる・・・と言っていた友達から、「椎茸のほだ木」を、数本、譲り受け、ダメ元だと思いながら植木の陰に立て掛けて放置していた。
ある日、姉から「椎茸が生っている」と聞いて、「貰った元が取れた」ぐらいに思っていたところ、今年、この雨模様の中で水分を補給したのか、あちこちに、小さな頭を一気にもたげ始めたのだ・・・大きなものもあり、これは儲けもの!とニンマリ。
椎茸が出たよ・・・と、友達に報告しようと思いながらも忘れてしまうので、本日、この場にて報告とする。
我が氏名の読み方(漢字表記は別)と2字しか違わない氏名の同級生が居る。
その同級生が、腰だか膝だかの具合が悪くて手術をした・・・というメールが送信されて来たのを見た(或いは聞いた)別の同級生が、我が家を訪れ、応対している私を見て「足は大丈夫?」と言うのだ。
あぁ、間違えてるな・・・と、すぐに、「私じゃないよ」と訂正し、正しい情報を伝えた。
同級生は用事があって我が家を訪れたのだが、きっと、お見舞いの気持ちも含んでいたのだと推測し、その気遣いが嬉しくなって、「わざわざありがとう」とお礼を述べた。
まだ、顔を見て話している時は、その場で訂正できるが、電話(私は、あまり電話をしない)やメールならば、案外、間違った情報が、そのまま、事実のように認定され皆に流れて行くのだろうな・・・という事が、十分、予測出来る。
ずっとずっと以前の話、私は若くして亡くなったという話になっていた事もあったしなぁ・・・
先日、足を怪我して歩行困難の友達宅を訪ねた時、顔を見るなり、まず、「何時もあなたは元気だねぇ」と、私に言うのを聞いて、はぁ、またか・・・と感じたが「お陰様で元気よ」と、毎度の如くの「定番返事」をする。
だが、正直なところ、現在の私自身の状態は、病気では無い(自己診断)ものの、元気だと言う程でも無いから、何をするにも、かなり、自身を鼓舞しながら日々を過ごしているのになぁ・・・と、心の中では愚痴も出る・・・まぁ、慰めの言葉を貰いたい訳でも無し、表立って反論をするつもりも無いけれどね。
「他者を思いやる」事は、自分自身の体力に余裕が無いと出来ないかも知れない。
でも、「自分も他者も同じ人間」ならば、誰もが、一斉に同時進行はないけれど、それぞれ、病を持ったり、癒されたり、鬱になったり、躁になったり・・・という経験を繰り返して年を経て来ているのだと考えたい。
元気だねと言われたら、本来、喜ぶべき事であり、「ㇺっ」とするのは、私のようなアマノジャクしかいないのだろうが、ただ、もう我らが世代では、誰でもが、何かしらの衰えがあると思うし、元気そうに見えても辛い経験もしているかも・・・と、「他を慮る心(言葉)を持ちなさいよ」と思うだけであるが、つまり、私も、ひ弱になったという事ね。
朝から曇り空だったが、現在は、気持ちよく晴れている。
で、気分一新して・・・・・
多分、八朔・・・今朝、落ちたばかりの実(毎日、点検している)を、すかさず拾い、中味を「蜂蜜漬け」にした。
私としては、「廃棄食料削減」方針に則り、ただ捨て去る事を許さずに(ケチなだけの声あり)、「ビタミンC満載のデザート」として再生している・・・結構、美味しい!