○根津美術館 コレクション展『平家物語画帖 諸行無常のミニアチュール』(2012年9月8日~10月21日)
ポスターを見て、これは一体何なのだろう、と目を奪われた。あまり類例を知らない作品だったので。サイトには『平家物語』を120図の扇形の紙に絵画化した上中下3帖、という説明しかない。別のサイトで「江戸時代の17世紀から18世紀にかけて制作されたもの」であることは分かった。いま根津美術館のトップページでは、3種類ほどの画像を見ることができ、その愛らしさに心ときめくが、「ミニアチュール」というのだから原品は小さいんだろうな、混んでいるとよく見られなくて嫌だな…と思った。
最初の週末、幸い、館内はそれほどの混雑ではなかった。画帖は横長の折本で、1ページ(1葉)の大きさは、図録の記載によれば、縦17cm×横26.7cmだから、A4サイズより少し小さめ(横長)か。詞書のページと挿絵のページが交互に現れる。どちらのページも、金箔を散らし、まばゆい金泥で霞を引いた料紙で、挿絵のページには扇面画が1枚ずつ貼り込まれている。この扇面画がかわいい。縁のあたりは金砂子の雲に侵食されて、キャンバスのかたちが千変万化している。背景は、黄土色の地面、緑の野山あるいは青畳、紺碧の海、だいたいこの三色のいずれかに単純化されている。
人物の顔も単純化されていて、公家や上臈女房だけでなく、武士も「白面」である。申し訳に髭が描かれているが、あまり目立たない。小さな目鼻は、伏見人形などの泥人形を思わせる。しかし、図録の拡大写真で見ると、けっこう各場面で変化に富んだ、いい表情をしている。人物の所作も、大仰ではないが、きちんと状況説明や感情表現に合わせており、丁寧につくられた「ミニアチュール」だなあ、と感じる。
この作品の魅力は、悲惨・凄惨な合戦場面の続く「平家物語」(特に後半)を、雛遊びのような、みやびで、どこかのんびりした小扇面図に封じ込めてしまったことだろう。「能登殿判官の舟に乗り移りし事」(展示は後期)の義経なんて、まるでピーターパンである。「兼平最期の事」では、木曽義仲の乳母子・兼平が、太刀先を咥えて馬からとびおりる壮絶な自死を、物語どおりに描いているにもかかわらず、くすりと笑ってしまうような愛らしさがある。
図録の解説は、本作品を「大名の嫁入り道具として使われたとしても違和感がない」と論じている。今なら「スイーツ」と揶揄されるところか。しかし「平家物語」の梗概を知っているかどうかで、作品から受ける印象は、ずいぶん違うんじゃないかと思う。「平家」を知っていると、愛らしく美しい小扇面の背後に、人間の欲望がむき出しになった修羅の合戦図が幻のように浮かび、阿鼻叫喚の声が聞こえて、たとえば『平治物語絵巻・三条殿夜討巻』のような、ストレートな表現よりも、かえって、人間の業や諸行無常の切なさに胸が騒ぐように思う。
上中下帖とも、前期は帖頭~前半、後期は後半~帖末を展示。壇ノ浦など、見どころは後期のほうが多いように思う。それにしても「平家」を読んだのは、ずいぶん前のことなので、忘れていたエピソードもずいぶんあった。鹿が谷事件の後、清盛によって幽閉されていた後白河上皇の御所で、多くの鼬(イタチ)が走り騒いだって、不吉な情景なのだが、吹き出すほど可愛い…。ドラマでやってくれないかな。
展示室2は「禅僧の名筆」、展示室5は「平家物語の能面」。全体に地味だけど、秋の深まりに似つかわしい落ち着きを感じさせる。
ポスターを見て、これは一体何なのだろう、と目を奪われた。あまり類例を知らない作品だったので。サイトには『平家物語』を120図の扇形の紙に絵画化した上中下3帖、という説明しかない。別のサイトで「江戸時代の17世紀から18世紀にかけて制作されたもの」であることは分かった。いま根津美術館のトップページでは、3種類ほどの画像を見ることができ、その愛らしさに心ときめくが、「ミニアチュール」というのだから原品は小さいんだろうな、混んでいるとよく見られなくて嫌だな…と思った。
最初の週末、幸い、館内はそれほどの混雑ではなかった。画帖は横長の折本で、1ページ(1葉)の大きさは、図録の記載によれば、縦17cm×横26.7cmだから、A4サイズより少し小さめ(横長)か。詞書のページと挿絵のページが交互に現れる。どちらのページも、金箔を散らし、まばゆい金泥で霞を引いた料紙で、挿絵のページには扇面画が1枚ずつ貼り込まれている。この扇面画がかわいい。縁のあたりは金砂子の雲に侵食されて、キャンバスのかたちが千変万化している。背景は、黄土色の地面、緑の野山あるいは青畳、紺碧の海、だいたいこの三色のいずれかに単純化されている。
人物の顔も単純化されていて、公家や上臈女房だけでなく、武士も「白面」である。申し訳に髭が描かれているが、あまり目立たない。小さな目鼻は、伏見人形などの泥人形を思わせる。しかし、図録の拡大写真で見ると、けっこう各場面で変化に富んだ、いい表情をしている。人物の所作も、大仰ではないが、きちんと状況説明や感情表現に合わせており、丁寧につくられた「ミニアチュール」だなあ、と感じる。
この作品の魅力は、悲惨・凄惨な合戦場面の続く「平家物語」(特に後半)を、雛遊びのような、みやびで、どこかのんびりした小扇面図に封じ込めてしまったことだろう。「能登殿判官の舟に乗り移りし事」(展示は後期)の義経なんて、まるでピーターパンである。「兼平最期の事」では、木曽義仲の乳母子・兼平が、太刀先を咥えて馬からとびおりる壮絶な自死を、物語どおりに描いているにもかかわらず、くすりと笑ってしまうような愛らしさがある。
図録の解説は、本作品を「大名の嫁入り道具として使われたとしても違和感がない」と論じている。今なら「スイーツ」と揶揄されるところか。しかし「平家物語」の梗概を知っているかどうかで、作品から受ける印象は、ずいぶん違うんじゃないかと思う。「平家」を知っていると、愛らしく美しい小扇面の背後に、人間の欲望がむき出しになった修羅の合戦図が幻のように浮かび、阿鼻叫喚の声が聞こえて、たとえば『平治物語絵巻・三条殿夜討巻』のような、ストレートな表現よりも、かえって、人間の業や諸行無常の切なさに胸が騒ぐように思う。
上中下帖とも、前期は帖頭~前半、後期は後半~帖末を展示。壇ノ浦など、見どころは後期のほうが多いように思う。それにしても「平家」を読んだのは、ずいぶん前のことなので、忘れていたエピソードもずいぶんあった。鹿が谷事件の後、清盛によって幽閉されていた後白河上皇の御所で、多くの鼬(イタチ)が走り騒いだって、不吉な情景なのだが、吹き出すほど可愛い…。ドラマでやってくれないかな。
展示室2は「禅僧の名筆」、展示室5は「平家物語の能面」。全体に地味だけど、秋の深まりに似つかわしい落ち着きを感じさせる。