見もの・読みもの日記

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猛々しい世話物/文楽・夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)他

2012-09-18 23:38:40 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 9月文楽公演『粂仙人吉野花王(くめのせんにんよしのざくら)』『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(2012年9月17日)

 『粂仙人吉野花王』は「吉野山の段」のみ上演。仙人あるいは高僧が、女色に迷って神通力を失うという、歌舞伎『雷神不動北山桜』(鳴神)や謡曲『一角仙人』のバリエーションである。と言っても、私は歌舞伎や謡曲をよく知らないのだが、この作品は、コミカルで、エロチックで、かつ毒が利いていて、面白かった。色香をふりまく未亡人・花ますを竹本千歳大夫。粂仙人の弟子の安曇坊を竹本相子大夫。この二人の掛け合いが絶妙。上方芸っぽいな~。

 『夏祭浪花鑑』は、夏狂言の定番の有名作品なのに、私は初めて見る。「住吉鳥居前の段」では、老侠客らしい風貌の釣船の三婦(つりぶねのさぶ)がくつろいでいると、乱暴な駕篭かきと客がもめているので、仲裁に入って、客の玉島磯之丞を助ける。磯之丞が去ると、団七が連れられてくる。団七は、磯之丞の危難を救うため殺人の罪を犯して入牢していたが、磯之丞の父・玉島兵太夫の尽力によって釈放され、ますます玉島家に恩義を感じていた。

 …という具合で、入れ替わり立ち替わり、多数の人物が現れ(団七女房お梶、磯之丞の恋人・傾城の琴浦、琴浦に横恋慕する大鳥佐賀右衛門、侠客の一寸徳兵衛)、さらに多くの、その場にいない人物の消息が語られる。

 続く「内本町道具屋の段」では、さきほど磯之丞として紹介された若侍が、道具屋の手代に身をやつし、清七と名乗って登場する上に、琴浦という恋人がいたはずの磯之丞は、道具屋の娘・お中と恋仲になっている。え? これは単なる火遊びであったらしい。「据膳と河豚を食わぬは男の恥」なんて、あとで勝手なことを言ってるし。団七は棒手振りの魚屋・九郎兵衛として登場し、道具家に香炉を買いに来た田舎侍が、舅の義平次と見て、驚く。義平次は、どうも腹に一物ありそうな人物で、清七こと磯之丞を窮地に陥れる。

 実際は、もっと登場人物が多くて、さらに複雑。浄瑠璃を見慣れていると、人物やプロットを類型化できて、なんとか理解できるんだけど、慣れていないと、お手上げだろう。休憩時間に隣の席のおばさんたちが「難しいわねー」「先に粗筋を読んでおかないと駄目よ」と言い合っていた。

 「釣船三婦内の段」。お中のことなど無かったように、琴浦といちゃいちゃする磯之丞。三婦とその女房おつぎは、磯之丞を安全に逃がす方法を思案している。そこに訪ねてきたのは、徳兵衛女房・お辰。おつぎは、磯之丞をお辰に託そうと考えるが、もしや磯之丞がお辰の色気に迷っては、と心配する三婦。それを聞いたお辰は、やにわに火鉢の鉄弓を自分の頬に押し当て「これなら心配ない」と三婦の反対を押しこめる。夕暮れ、以前の駕籠かきが琴浦をさらいに来ると、三婦の漢気に火がつき、数珠の糸をねじ切って、駕籠かきたちを叩きのめす。このときの、女房のおつぎも素敵。浪花、というか泉州堺では、男も女も伊達と心意気で生きている。

 お辰を遣っていたのは蓑助さん。ずいぶんお痩せになったなあ。遠目に別人かと思ったが、人形の所作を見て、蓑助さんと分かった。三婦は桐竹紋寿さん。白髪頭が三婦と瓜二つで、ほほえましかった。「釣船三婦内の段」の切は、竹本住大夫さんの予定だったが、病気休演につき、文字久大夫が代演。チケットを電話予約する時、「住大夫は休演ですが、よろしいですか?」と念を押された。みんな、そのくらい住大夫さんを目当てにしてるんだな。でも文字久大夫、よかったと思う。

 最後の「長町裏の段」は、団七を竹本源大夫、義平次を豊竹英大夫だったが、源大夫の声量にはちょっと不満がある。今回、床から離れた席だったので。でも脚本は、ほんとにすごいなあ。「舅は親じゃ」と言いつのる、義平次の嫌ったらしさ。図体に似合わず、おどおどと殊勝気な団七が、「間違い」から舅に手傷を負わせると、観念したかのように、荒ぶる殺人鬼に変貌する。闇の中に浮き上がる総刺青の裸身。背景を通りすぎて行く赤い山車提灯の禍々しさ。祭り囃子の喧騒。雪崩れ込むだんじり。これでもかと畳み掛ける演出に、文字どおり息を呑んだ。地獄を覗いたような陶酔感。団七役の吉田玉女さんは、ご本人のいでたちに華があって、こういう役は似合いだと思う。ああ、もっと早く見たかったわ、この狂言。

 「釣船三婦内の段」の口とアトを演じた豊竹芳穂大夫、豊竹靖大夫の語りが耳に残って、思わず名前をチェックしてしまった。私よりずっと若い世代が育っているんだな。これからも彼らの活躍を見続けたい。
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