見もの・読みもの日記

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住大夫さんを送る/文楽・菅原伝授手習鑑(夜の部)

2014-04-07 22:56:09 | 行ったもの2(講演・公演)
国立文楽劇場 4月文楽公演(2014年4月5日) 七世竹本住大夫引退公演『通し狂言 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』第2部

 記憶が曖昧だったので、調べたら、住大夫さんが引退を発表したのは2月28日だった。この4月文楽公演の予約開始日は3月3日(月)なので、住大夫引退公演と分かった上で、私はチケットを購入したはずだ。そうだったかしら。まだ「引退公演」には実感がなくて、むしろ「菅原」は好きな狂言だから見たい、という気持ちだった。ほんとは4月第2週か第3週がよかったのに、第1週(公演初日)しか取れなくて、それでも取ってしまった。住大夫さんへのお別れは、5月東京公演であらためて、のつもりだった。

 それが直前に確認したら、5月東京公演のあぜくら会先行発売は4月5日(土)10:00だという。ええ~私は大阪公演を見るために、札幌を発って、ちょうど神戸空港に下り立った頃だ。到着ゲートを出てすぐ、スマホでチケット購入サイトにアクセスしたが、全くつながらない。電話もダメ。結局、何十回目かに国立文楽劇場のロビーからかけた電話がつながったときは「(第1部の)あぜくら会分は完売しました」とつれなく言い渡されてしまった。うむむ。今日4月7日(月)の一般発売もダメでしたよ、むろん。発売開始時は仕事時間中でしたし。

 しかし、大阪で最後の住大夫さんの舞台を聴けたことは良しとしよう。今回の通し狂言、第2部は三段目「車曳の段」「茶筅酒の段」「喧嘩の段」「訴訟の段」「桜丸切腹の段」、四段目「天拝山の段」「寺入りの段」「寺子屋の段」。16:00に始まり、21:00近くまでかかる(休憩は最低限)長丁場だが、物語が起伏に富んでいるので飽きない(冒頭でちょっとウトウトしました)。「車曳」は、車を蹴破って現れる藤原時平の「公家悪」っぷりがいいねえ。

 住大夫引退狂言は「桜丸切腹の段」。正直にいうと、語り始めの声の細さには、ああ、全盛期はこんなものじゃなかったのに、という悲しさがあった。ところどころ、凛とした声の張りとか、細やかな情が感じられるところもあったけれど。5月まで続く引退公演を完走してもらえるのか、とても心もとない。諸事情が無理を強いているのではないかと胸が痛む。

 最近の私は、舞台の人形をほとんど見ずに、床の大夫さんと三味線ばかり見ていることが多かったが、この日は逆に、耳だけ語りに傾けながら、視線は舞台に合わせていた。文雀さんの八重と蓑助さんの桜丸。住大夫さんとともに、長い年月、文楽の屋台骨を支えてきたお二人が舞台上にいることが感慨無量だった(つい吉田玉男さんのことも思い出して…)。

 休憩を挟んでの「天拝山」は面白かったな。梅の花を含んで火焔を吹く菅丞相って、ほんとに火花を吹くんだ! 崇徳院を彷彿とする怨霊いや御霊モード。「寺入り」から「寺子屋」は、小学生の頃「少年少女世界文学全集」で子供向けリライト版を読んだ記憶が残っている。なんという変な話!(子供の立場からは許せないオトナのご都合主義)と思っていいはずなのに、けっこう好きだったから不思議だ。語りは嶋大夫。ちょっと粗い感じがする。松王丸は桐竹勘十郎。涙もろくて、人のよさが感じられる松王丸だった。玉男さんの松王丸もこんなふうだったかなあ。

 蛇足をいくつか。私は文楽を見始めた超初心者の頃に、竹本越路大夫の引退公演(1989年)を聴いている。どうして今回の公演はこんなに満員で、補助椅子席しかないんだ?と訝しがりながら。それでも越路大夫の公演を「聴いた」ことを今では自慢に思っているので、私が住大夫の東京公演のチケットを取れなかった分は、若い文楽ファンに譲ったのだと思いたい。

 それから「杉本文楽」は、東京公演のチケットが手に入らず、あきらめた。斬新な手法を用いた新演出について、評価はいろいろあるようだが、私は、公演を成功に導いた最大の要因は、幅広い演出に対応できる技芸員の能力の高さだと思う。そして、日々の鍛練による基礎能力の育成を等閑視して、演出の新趣向だけをほめそやす風潮は、絶対に承服できないと思っている。
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