〇出光美術館 『名勝八景-憧れの山水』(2019年10月5日~11月10日)
あまり詳細を把握せずに行ったら、とても面白い展覧会だった。冒頭には玉澗筆『山市晴嵐図』(湖南省・洞庭湖の瀟湘八景のひとつ)。まあ出光美術館で「名勝八景」をテーマにするなら、そりゃあこの作品が第一に来るだろうと納得する。しかしそのほかは、あまり見覚えのない屏風がずらりと並んでいて、やや意外に感じた。
雪村かな?と思って近づいて、やっぱり、と納得した『瀟湘八景図屏風』が2件。1件(六曲一双)は薄い金泥(?)の霞たなびく中にふわふわと丸みのある山の稜線が浮いている。ちょぼちょぼと黒い墨をすばやく擦り付けたような、枝も幹も輪郭の定かでない樹々。かすかな楼閣の屋根。岡山県立美術館所蔵である。もう1件(六曲一隻)は、左側の岩山(?)は、湧き上がる雲のような、砕ける波のような不思議なかたちをしている。右端には海坊主のような丸い山のシルエット。画面の端に、雨を表したのか、だらりと薄墨が垂れている。中央を占める湖面には雁が飛び、小さな月もかかるなど、瀟湘八景のいくつかをまとめて描いたものと思われている。個人蔵。
同題の伝・周文筆屏風(六曲一双)は、余白を大きく取りつつ、描き込むところは非常に細密。人物の衣の白や馬の鞍の赤が効果的に使われている。香雪美術館所蔵。もう1件、同題の屏風(六曲一双)は、私の眼には、雪舟など室町水墨のかっちりした様式を踏まえていると感じさせたが、作者を見たら久隅守景(江戸時代)で驚いた。そうかーこんな作品も描ける人なんだー。サントリー美術館所蔵。
あと狩野探幽・安信の共同制作『瀟湘八景画帖』『瀟湘八景図(8幅)』も面白かった。墨色そのものの使い方が二人ともかなり大胆。ともに初公開の作品だそうで、図録には「個人蔵」の注記もなかった。
続いて西湖。狩野元信筆(出光)、鴎斎筆(京博)、狩野山楽筆(サントリー)の3種の『西湖図屏風』が出ていた。この夏、15年ぶりに訪ねた現地の風景を思い出して、蘇堤、白堤、断橋などの名所をひとつずつ確かめた。三譚印月は描かれていなかったけど、あれはいつ造られたのだろう?感心したのは山楽の屏風(1630年の落款)に描かれた雷峰塔の姿で、レンガの塔身の上に木造の楼閣がなく、もじゃもじゃと野草が生い茂っている。実は16世紀半ば、杭州に攻め入った倭寇が雷峰塔に火を放つ事件があった。17世紀初めの絵画や刊本の挿絵には、焼け残った雷峰塔の姿が記録されており、山楽は西湖の風景に関する最新の情報を作品に反映させたことになる。ちなみに焼け残った雷峰塔は、1924年に倒壊するまで放置されており(むかし大室幹雄『西湖案内』で読んだかも)、山楽の絵そのままの古写真が残っているにも面白かった。
さらに日本の画家・文人たちが愛した中国の景勝地ということで、池大雅筆『瀟湘八景図』『瀟湘八景帖』、岩佐又兵衛筆『瀟湘八景図巻』など、好きな作品がたくさん出ていて大満足。面白かったのは、長沢芦雪筆『赤壁図屏風』(六曲一双、一扇が規格外に大きい)。ハロウィンのお化けみたいな松の木の列に、芦雪かな?と思ったら、やっぱりそうだった。波に洗われる海岸の岩礁っぽくて、あまり赤壁を感じさせないのだが、幻想的でとてもよい。
それから、私の好きな出光コレクション『宇治橋芝舟図屏風』(芝舟の下る右隻のみ)や『吉野龍田図屏風』、『月次風俗図屏風』の「高雄観楓」「東寺」も出ていて、得をした気分になった。『近江名所図屏風』(サントリー美術館)は、金泥の雲の切れ間に、濃紺の水面(琵琶湖)を行き交う帆船が描かれる。海岸の大きな松は唐崎の松、湖上にそびえるのは膳所城、ひときわ巨大な橋は瀬田の大橋だろう。現地では細部まで確認することができなかったが、いま図録の写真を見ると、人々の風俗が繊細に描かれていてとても面白い。猿曳きがいたり、鳥やウサギをぶら下げて売っている店があったり、蓮池に入っている人たち(男性)がいたり、もっと詳しく見たい。
このあと、静嘉堂文庫の入口で出会った知人に「(出光の今季は)すごくお金をかけている」と裏事情を教えてもらったのも納得の、充実したラインナップだった。