〇金成隆一『ルポ トランプ王国2:ラストベルト再訪』(岩波新書) 岩波書店 2019.9
2016年のアメリカ大統領選を取材した『トランプ王国』の続編。トランプの大統領就任からほぼ2年が経過した、2017~19年のアメリカを取材する。前作で訪れた中西部の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」に加え、深南部(ディープサウス)の「バイブルベルト(熱心なキリスト教徒が多い)」、民主党と共和党が票を奪い合う「郊外(レビットタウン)」などの取材から、重層的で多様なアメリカの姿が見えてくる。
ラストベストのトランプ支持者たちは、相変わらず意気軒昂である。「雇用が全て戻ってくる」というトランプの言葉は実現していない。逆にオハイオ州ではゼネラル・モーターズの工場生産停止が決まり、トランプに投票したことを後悔する労働者も出現している。しかし大多数の支持者は、そもそもトランプの大言壮語に対して醒めていて「公約の1割でもやれば十分」と考えている。その前提には「政治家がやると言ってやらないことに慣れている」という長い失望の体験があるのだ。これはトランプの支持率が下がらない理由として重要だと思う。
著者は、2018年の中間選挙においてトランプ支持に陰りが出るのであれば、共和党の強い「地方」と民主党の強い「都市」の中間にある「郊外」に現れると考え、ペンシルベニア州(ラストベルトの一部)のレビットタウンを取材対象に選んだ。「レビットタウン(Levittown)」という言葉を私は初めて知ったが、不動産開発者ウィリアム・レビット(1907-1994)が手がけた郊外住宅地のことで、ニューヨーク、ペンシルベニア、ニュージャージーなどに建てられた14万戸の住宅は、戦後アメリカのミドルクラスを大いに惹き付けた。著者が訪ねた郷土史家の自宅には、当時の雑誌や新聞広告、住民名簿、分譲展示会のカラー映像など、貴重な資料があふれていたという。本筋からは離れるが、私は住宅政策の文化史・社会史に非常に興味があるので、この章は拾い物だった。レビットタウンについて、ぜひもう少し詳しいことが知りたい。
そして「郊外」では、確かに支持者のトランプ離れが観測された。60代女性の共和党員へのインタビューは興味深く、トランプ政権は「私たちの価値観を体現していない」と彼女は言う。アメリカは世界の恵まれない人々を支援することで国際社会から尊敬されなければならない。それなのにトランプが、独裁者に擦り寄り、礼節を忘れて他人を中傷し、不法移民の親子を引き離したことは受け入れがたいという。人道的で教養を感じさせる発言だ。しかし一方で、彼女は移民が英語を学ばず、アメリカ社会に同化しようとしないことには批判的だ。なるほど、アメリカの保守主義とはこういうものか、と少し理解した。
南部のバイブルベルトでは、また別の人々に出会う。彼らは「自分たちが慣れ親しんだ、キリスト教の価値観が土台になったアメリカ社会」がリベラル派によって蹂躙されていることに、強い「文化的な不満」を抱いている。彼らは貧しい人々への支援を完全否定するわけではない。弱者を助けることは政府の仕事ではなく、教会を中心としたコミュニティの仕事だと思っている。
ラストベルトの青年のひとりは、経済政策では「小さな政府」を志向し、厳しい国教管理を支持する点では共和党寄りだが、社会政策では性的少数者の権利を擁護する民主党に近い考え方も持っていた。このようにトランプ支持/不支持と言っても、当然だが、その実態は多様なのだ。
日本の「リベラル」関係者にぜひ一読してもらいたいと思ったのは、2つのロングインタビュー(トマス・フランクとアーリー・ホックシールド)、特に『Listen, Liberal』(未邦訳)の著者トマス・フランクの分析である。民主党は、ベトナム戦争以降、長い自己変革を経て「労働者の党」であることを止め、裕福な専門職階級に支持される党になった。一方で白人の労働者階級は民主党を離れ、共和党支持になった。「共和党がポピュリストのスタイルで、労働者階級に歩み寄り、取り込もうとしているときに、民主党はそういう(不満に訴える)話し方をやめた」。これに尽きる。日本の政治状況にも通じる部分のある分析だと思う。
また、帰還兵(70歳前後のベトナム戦争世代)のインタビューも興味深かった。これも本筋から外れるが、50年経ってもPTSDに悩まされる彼らの姿から、戦争の非人間性をあらためて感じた。そして、たとえ人気取りでも、シリアからの米軍撤退というトランプの決断を彼らが支持する気持ちは分かった。