〇東京藝術大学大学美術館 『藝大コレクション展2022 春の名品探訪 天平の誘惑』(2022年4月2日~5月8日)
同館の所蔵品約3万件の中から選りすぐった名品を展示するコレクション展。今回は、天平の美術に思いを馳せた特集展示が見どころ。ということなのだが、具体的にどんな作品が出ているのか、特にチェックせずに行ったら、いきなり浄瑠璃寺の吉祥天立像と向き合うことになってびっくりした。つい数日前、浄瑠璃寺の本堂で、狭い厨子の中に収まった吉祥天を、目を凝らして見てきたばかりだったので。もちろんこちらは模刻(昭和6/1931年、関野聖雲作)だが、落ち着いた色合いで古仏の雰囲気がある。
現地では見ることのできない後ろ姿。たっぷりした裾の広がり方と先端の丸まり方がかわいい。
横顔も美麗。
吉祥天立像、唐美人を思わせる容貌と装束のせいで、古いものに思われるが、鎌倉時代の作と考えられている。建暦2年(1212)に本堂に安置された記録があるとのこと。
そのまわりに、何やら美麗な絵の描かれた板が寝かされていると思ったら、浄瑠璃寺吉祥天厨子の壁面・扉絵だった。吉祥天立像の背後にあたる大きな板面には、八臂弁財天と四眷属。豊満な唐美人の弁財天は、髪を二つの輪に結い上げ、八本の白い腕に武器や法具を執る。四眷属は、正了知大将、宝賢大将という武神と、訶利帝母(鬼子母神)、堅牢地神という女神である。あまり聞かない神格だなあと思ったが、調べたら興福寺東金堂に正了知大将立像があるそうで、私は2014年に拝観していた(記憶にない)。
左右は観音開きの計4枚の扉で邪鬼を踏まえた四天王を描く(展示は前後期2枚ずつ)。だいぶ褪色が進んでいるが、かえって精緻な描線がよく見えて嬉しい。四天王だけでなく、邪鬼も丸々して精気に満ちている。前扉2枚は、どちらも袖の長い赤い衣をまとった梵天と帝釈天。ひとまわり小さい侍者(女性か童子)を連れて樹木の下に立つ。解説に「当世の中国・宋時代のスタイルを積極的に取り入れている」とあったけれど、私は、もっと古い時代の中国絵画(アスターナ古墳出土の樹下美人図とか)を思い出した。
なお、展示は浄瑠璃寺に伝わった厨子絵(鎌倉時代)そのものである。Wikiによると、現在の浄瑠璃寺で見ることのできる厨子の骨格は伝来品で、扉と後壁は模造品が取り付けられているようだ。
会場には、大正3年(1914)に模造された浄瑠璃寺吉祥天厨子(後壁、扉なし)も展示されている。見どころは天井の彩色模様。これを拡大したものが会場のバナーにも使われていたが、品があって愛らしくて、とてもよい。正倉院宝物にも通じる感じがした。
このほかでは、奈良時代と認められる仏像断片、仏像荘厳具断片、東大寺法華堂天蓋残欠などが珍しかった。形態・材料分析によって、どこから脱落したかを推定する過程の解説も興味深く読んだ。
また、奈良の古美術や「天平」のイメージを源泉として生まれた近代の諸作品も展示されていた。君島彩子氏の『観音像とは何か』によれば、明治以降「天平」は日本美術の規範として発見されたという。狩野芳崖『非母観音』や菱田春草『水鏡』は、そうした思潮に基づくのだろう。私は、規範意識とあまり関係なく、古代のロマンを描いてみただけ、みたいな和田英作の『野遊び』が好き。長原孝太郎『入道雲』は、入道雲を裸のおじさんに見立てたもの(?)。こういうのは、むしろ西欧の絵画の影響を強く受けているように思う。
彫像では、竹内久一『韋駄天』を初めて見て気に入った。法輪(たぶん)の上で走りながらバランスをとる姿は、ちょっと剣の護法童子を思わせる。最後に薮内佐斗司先生の『歴坊 面』(せんとくんの原型)もいた。