〇渋谷区立松濤美術館 『SHIBUYAで仏教美術-奈良国立博物館コレクションより』(2022年4月9日~5月29日)
奈良国立博物館の数多くある所蔵品の中から、主として仏教に関する美術工芸品83件(展示替あり)を展示する。同館が仏教美術の名品を多数収蔵すること、プレスリリースに言うように、多くの展覧会に所蔵品を貸与し、我が国の文化を紹介する活動に寄与してきたことは、もちろん承知している。しかし「意外にもその所蔵品を名品展として東京で公開したことはありませんでした」とあるけれど、国立博物館が他の場所で名品展を行うこと自体が、あまりないのではないかと思う。奈良博が2005年に神奈川県立金沢文庫で開催した名品展『祈りの美-奈良国立博物館の名宝-』は非常に珍しかったので、今でも記憶に残っている。
本展は、地下1階と2階の会場を使用。地下の「第1部」は壁面にずらりと仏教絵画を並べる。いちおう釈迦の姿→密教→浄土信仰→神仏習合→絵巻という構成になっているのだが、出口の側から入ってしまったもので、いきなり『辟邪絵』3件と出会って慌ててしまった。よくよくまわりを確認して、巡路の先頭から見てゆく。この日は、日本民藝館の『仏教絵画』展とハシゴだったので、やっぱり奈良博の所蔵品は状態もいいし、表装も豪華だな、と変なところに感心してしまった。
『釈迦如来像』は金色の雲、金色の円光を背景に黒っぽい衣の釈迦が説法印を結んで立つ。視線の行先がはっきりしていて、表情が人間臭い感じがする。『釈迦五尊十羅刹女像』は、題名のとおり登場人物の多い、にぎやかな作品。豊頬・赤い唇の羅刹女たち(最前列右が巻き髪?)の匂い立つ艶やかさに加えて、普賢菩薩・文殊菩薩も目元の涼しい美形。大きな口を開けて笑っているような獅子がかわいい。『千手観音二十八部衆』の千手観音は、ややエキゾチックな美形。まわりには、個性豊かな二十八部衆(目力強め)。いずれも奈良博の『収蔵品データベース』に画像が掲載されているので、気に入った作品は、あとで自宅で細部をチェックできる。いい時代になったものだ。
奈良博らしさを感じたのは、糸で表現された『刺繍種子阿弥陀三尊像』と『刺繍釈迦阿弥陀二尊像』。『春日宮曼荼羅』も来ていた。絵巻のカテゴリーには『辟邪絵』の「天刑星」「栴檀乾闥婆」「毘沙門天」。どれも(悪鬼のものとはいえ)鮮血のだらだら流れる残酷絵なのに、表具の美麗なことと好対照だと思う。『泣不動縁起』は上巻末の、庭前で祈祷を行う安倍晴明の場面(前に妖怪が並んでいる)が展示されていた。
彫刻作品は、如意輪観音坐像(平安時代)がいらしていた。筒型の宝冠をかぶり、簡素で力強いお姿である。第2部には、奈良時代の銅造薬師如来坐像(深大寺の白鳳仏っぽい?)や、慶派の力強い毘沙門天立像(鎌倉時代)もあって、数は多くないが、仏像の多様な姿を感じることができる。
第2部(2階)の奥の部屋には、墨蹟や文書が展示されており、『明月記断簡』の軸(1201/建仁元年4月22日条)が出ていた。『明月記』って、いちおう上下に罫線くらいある料紙に書かれたイメージ(京博の所蔵本など)だったが、これは何もないのが新鮮だった。調べたら、界線(罫線)のない料紙に書かれたものは推敲の痕跡が甚だしく、清書前の状態と判断できるそうだ(※藤原定家の日記筆録形態/尾上陽介)。
今回、仏画と仏像は日本の作例のみだが、工芸には、中国・唐代の四大明王五鈷鈴や朝鮮・高麗時代の五大明王五鈷鈴が出ており、密教美術の魅力をコンパクトに伝えている。室町時代の『笈』は初めて見た。直前に日本民藝館で見た笈が細くて縦長だったのに対して、こちらは幅広で、床に置けば安定感のあるタイプだった。
とても楽しかったので、後期も行こうと思っている。京博や九博も名品展の巡回をやってくれないかなあ。東京人がそれを言うのは贅沢だろうか。