見もの・読みもの日記

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支配への挑戦/女教師たちの世界一周(堀内真由美)

2022-04-20 21:56:48 | 読んだもの(書籍)

〇堀内真由美『女教師たちの世界一周:小公女セーラからブラック・フェミニズムまで』(筑摩選書) 筑摩書房 2022.2

 大変おもしろく刺激的な1冊だった。本書は、19世紀半ばから現代まで、およそ150年にわたるイギリス女教師の歴史を論じている。19世紀半ば、イギリスでは新しい富裕層=ミドルクラスが誕生していた。しかし、不動産所有を基盤とするアッパークラスに比べると、彼らは景気変動の影響を受けやすく、万一、家族が苦境に陥った場合、ミドルクラス女子が選択できる職業は、女教師あるいはガヴァネス(家庭教師)だけだった。

 具体例となるのは、小説『ジェイン・エア』と『小公女』である。『小公女』に登場するミンチン女学院は、家庭婦人を育成するための保守的な女学校だったようだ。イギリスでは、18世紀末にメアリ・ウルストンクラフトが、男性と同等の学校教育を女性にも与えよと主張していたが、現実はなかなか変化しなかった。

 それでも19世紀半ばには、ガヴァネスの資格化を兼ねた本格的な女学校が始動し、高等教育への女子の参入を求める運動が活発化する。けれども男子並みの教育を受けた女性は、さらに就業の困難に直面しなければならなかった。一部の女性はインドやカナダなど「帝国」の植民地に活路を見出そうとしたが、現地の需要とのギャップに苦しむことになる。

 1920-30年代(大戦間期)、男性の復員によって女性労働者の大量解雇が発生し、女性の抗議運動が世間から批判されると同時に、女教師へのバッシングも激化した。この時期は、女子中等教育制度の完成期であるが、「女子向き」女子教育を望む空気は根強かった。女教師たちは粘り強く闘ったが、彼女たちの「階級意識」は、ワーキングクラス女性との軋轢を生む。

 政治的には、1918年に限定的な女性参政権が認められ、1928年には条件を撤廃した普通選挙権が付与された。この背景には、男性為政者たちの「もう大丈夫」という判断があったという。「女性の達成を持ち上げ承認するふりをして、女性の分断を煽る言説」が広まっていたのである。この頃、「新しいフェミニズム」は「男女に固有の役割は、互いに排除しあうのではなく、相互に敵対的でもない」と唱え(今でもよく聞く主張)、母としての女性の地位向上に重点を置いた。その結果、圧倒的に独身が多かった女教師は「異端」と見做されるようになる。ドロシー・セイヤーズの小説『学寮祭の夜』(1935年)は、オクスフォード大学女子学寮を舞台にしたミステリーで、独身高学歴女性と部下の既婚女性の心理的葛藤が犯人捜しの鍵になっている。今日的な設定でおもしろい。

 強まる閉塞感の中で、エリート女教師たちは「高度な女子教育」の実践のため、アフリカや西インドに向かった。本書後半は、イギリス女子教育の「受け手」となったブラック女子やクリオール女子に視点をあてる(なお「ブラック」には、多様な肌の色のグラデーションを含む)。

 ジーン・リース(1890-1979)は、英領ドミニカ島に生まれ、イギリス本国の名門校に入学するが、やがてエリート女子の進路を外れていく。彼女が残した小説『広い藻の海』は『ジェイン・エア』のスピンオフ作品で、ロチェスターの前妻であるクリオール女性「狂妻バーサ」の名誉回復を目論んでいる。リースは、少女期以来『ジェイン・エア』を読むたび「クリオールに対する誤解」に苛立ったという。興味深い名作の「読み直し」である。

 最後に登場するベヴァリー・ブライアン(1949-)は、ジャマイカ生まれのブラック女性で、イギリスで学び、女教師となった。1960年代半ばのイギリスは、西インドからの移民が急増した時代で、彼女が採用された公立基礎学校も生徒の多くがブラックの子供たちだった。ブライアンは「カリキュラムの脱植民地化」(アフリカの文学や歴史を積極的に取り入れる)を実践し、ジャマイカ語(現地語化した英語)と標準英語の二刀流の教育方法を探求した。1970年代には、ブラック女性の全国組織が形成され、ブライアンもこれに参加している。彼女たちは活発な女性運動を展開したが、(白人中心の)「フェミニズム」からは距離を置くことを表明している。

 現在はジャマイカの大学で教鞭を取るブライアンの成長と成功の陰には、少女時代の彼女を導き、自信を育ててくれた女教師たちがいた。一方で、多くのブラック女子、クリオール女子が、日常的に差別と偏見に晒されてきたという証言はつらい。無邪気で小さな偏見が、実は積もり積もって彼女たちの自尊心を奪ってきたのである。こうした苦しみが、日本も含め世界中から、早く一掃されますように。そして、女教師の先達たちの歩みは(階級意識、白人中心主義など)全てを肯定できるわけではないが、後進にバトンをつないで、なかなかうまくやってきたのではないかと思う。

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