見もの・読みもの日記

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世界の目から/検証コロナと五輪(吉見俊哉)

2021-12-30 20:35:15 | 読んだもの(書籍)

〇吉見俊哉編著『検証 コロナと五輪:変われぬ日本の失敗連鎖』(河出新書) 河出書房新社 2021.12

 本書は、東京五輪をめぐる全体状況を編者が論じたあと、若手研究者チームが国内外のメディア言説を分析する構成になっている。編者を代表とする科研費研究「プレ-ポストオリンピック期東京における世界創造都市の積層と接続に関する比較社会学」の一環として企画されたものだという。

 編者の執筆部分は、2020年4月刊行の『五輪と戦後』、2021年6月刊行の『東京復興ならず』の問題意識を引き継ぎ、補完するものだ。2005年夏、石原都知事は、近隣諸国への敵愾心と国威発揚の欲望から、「お祭り」としての東京五輪構想を立ち上げた。その淵源には、90年代に計画された世界都市博が中止となり、湾岸部の開発が「塩漬け」になっていた事情がある。

 2000年代、都心部(丸の内、汐留、大崎など)の再開発は進んだが、これで潤うのは民間大企業だけで、東京都にとっては湾岸部の基盤整備が何としても必要だった。そこで当初の東京五輪構想は、主要な会場を湾岸部に想定していた。もし、当初のザハ・ハディド案の競技場が湾岸にできていたら、海からの新たなランドマークとして評価を受けていたのではないか、という想像には、ちょっと心を動かされた。しかし、やがて多様な思惑を持つステークホルダーが相乗りになると、神宮外苑の「レガシー」重視の声が大きくなり、湾岸五輪の構想は潰えていく。

 震災直後に五輪に立候補するにあたり、安易に使われ始めた「復興五輪」も、被災地・東北と東京の分断を明らかにしただけだった。本書第3章には、2020年の「コロナ来襲」以降、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」という新たなお題目が掲げられると、新聞各紙の「復興五輪」への言及が激減した実態が示されている。

 コロナ禍での五輪は、人々の心をひとつにすることはなく、むしろ明らかに「分断」を深めた。五輪を開催するか否かという問題は、与党と野党の政治的対立に巻き込まれていく。大手新聞社は、五輪のスポンサー契約を結んでいる立場から、明確な中止の提言には二の足を踏んでいたが、開催賛成派(産経、読売)、慎重派(朝日、東京)は、それぞれ自社の主張を補強する専門家・有識者を選んで活用した。この「専門知のキャスティング」問題には、今後も注意を払わなければならないと思う。

 私が最も興味深く読んだのは、第5章「海外はどう見たか」で、欧米、韓国、中国の主要メディアによる五輪報道が分析されている。アメリカ、イギリス、ドイツの有力紙や雑誌では、五輪やIOC、そして開催国日本の対応を問題視する記事が目立った。特に批判の矛先はIOCに向いており、英国『ガーディアン』紙には「IOCは解散し、その資産を民主的に構成された新しいグローバルスポーツ組織に受け渡すべきだ」という専門家の意見記事も掲載された。

 韓国では、東京五輪の退屈な開会式に失望するとともに、「文化面において過去に日本に憧れた私たちが、今や日本を追い越した」という、ある種の優越感を表明する記事が目立ったという。どうしてこう両国民とも優劣を競いたがるかなあと苦笑したが、文化芸術面で韓国に勢いがあるのは事実だと思う。中国では、批判はあまり目立たず、好意的な評価が主流だった。日本国内での分裂・分断も伝えられていたが、北京冬季五輪に向けて、五輪という「夢」を損なうまいという中国当局の意思が働いたのだろう。しかし『環球日報』には、上海外国語大学の教授が「東京五輪はチャンスから鶏肋(たいして役に立たないが、捨てるには惜しいもの)に」という評論を書いているそうで、比喩が的確すぎて笑ってしまった。鶏肋、出典は『後漢書』楊修伝である。チャンス=機会 jihui と鶏肋 jilei の音も近い。

  とにかく五輪は終わり、人々は全てなかったような顔をしているが、巨大な負の遺産に向き合わなければならないのはこれからである。2021年東京五輪の挫折は、コロナ禍だけによってもたらされたものではなく、それ以前からあったいくつもの矛盾やごまかし、ビジョンの欠如に依ることはきちんと総括しなければならないだろう。そして、近代オリンピックを継続する意味があるのか?という本格的な問い直しも必要だ。札幌五輪の夢に浮かれている場合ではないのである。

※参考:東京五輪とはいったい何だったのか?(Web河出 2021/12/21):とりあえず「戦後日本の『お祭りドクトリン』」の冒頭を読むと絶望を感じる。この国の政治には、万博とオリンピックしかないのか。


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