この半年間、NHK朝ドラ「ごちそうさん」の影響で、大阪の街と食に関心が高かったので読んでみた。著者の名前は、内田樹さんのツイッターでも時々見かけていたが、大阪・岸和田生まれで、雑誌「ミーツ・リージョナル」の創刊に携わり、編集長をつとめた方である。
「情報」で美味いものを整理し、効率的に食べたり飲んだりしようとするグルメライターやブロガー(ひどい場合は、一見さんお断りの店の扉を片っ端からこじ開け、料理にケチをつけることを快感としている)への批判。それは分かる。友人や知人の手引きで「街場」にデビューすることで、はじめて遭遇できる「うまいもん」。「牡蠣は○○産」みたいな情報とは無縁の、「日常食」のごちそう、というのは、全く分かる。
しかし、夜の街の遊び方というのは、たぶん私には理解不能なまま終わりそうだ。スナックとクラブがどう違うのか。スナックと呼ばれる小世界で、おじさんたちは、こんなふうに遊んでいるのか。へええ。まあでも、私の生活とはかすりもしない話で、前半はあまり興が乗らなかった。
面白かったのは、お好み焼き屋について語った章段。お好み焼き屋は「場所」である。店主である。ということで、鷲田清一さんの『京都の平熱』や宮崎学『突破者』、森功『許永中 日本の闇を背負い続けた男』などの文章が引用されている。なるほど、誰もお好み焼きの味については語ろうとしない。しかし、その店のある「街」のたたずまいは、鮮やかに伝わってくる。
本書には「そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの」という長い副題がついていて、話題はときどき、京都や神戸に広がっていく。神戸を語った段も面白かった。ハイカラな外国の匂いと、昭和な元町の中華食堂。広東料理の四興楼に台湾料理の丸玉食堂か。覚えておこう(試しに画像検索して、ノックアウトされた気分)。あとフルーツショップのサンワね。「バナナジュースは神戸のどこの喫茶店でもポピュラーでうまい」「大阪よりも京都よりも断然うまい」。それは台湾からの輸入バナナが神戸港に着くからだという。「兵庫突堤に着けられる船腹が低いバナナボートからしてカッコよかった」という説明に、今でも見られるか!?とびっくりしたが、これは「先輩編集者から聞いた話」であるらしい。
巻末には、著者と中沢新一さんの短い対談つき。中沢さんのいう「市民のつまんなさ」って、なんか分かるわ。自分を「市民である」「消費者である」という立場から変えようとしない。私は、海民的な変幻自在、融通無碍の生き方のほうが好き。それから、岸和田のだんじり彫刻には、武内宿禰が生まれたばかりの応神天皇を抱いている図がある。普通じゃないか、と思ったら「これは、ほんまのお父さんや」と言っていた子もいたと聞いて、驚いた。そんなゴシップが? これだから女帝は厄介なのか。…食いもんの話とはだいぶ離れてしまったけれど。