見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

アイスショー"Carnival on Ice 2023"

2023-10-09 21:24:34 | 行ったもの2(講演・公演)

Carnival on Ice (カーニバル・オン・アイス)2023(2023年10月7日、18:30~、さいたまスーパーアリーナ)

 今年の三連休は遠出の予定がなかったので、直前に流れてきた広告を見て、衝動的にチケットを取ってしまった。COIは何度か見に来たことがあると思って記録を探ったら、2010年、2011年、2015年に観戦していた。8年ぶりか~さいたまアリーナへのアクセスもすっかり忘れていた。

 出演者は、宇野昌磨、島田高志郎、友野一希、坂本花織、宮原知子、吉田陽菜、りくりゅう(三浦璃来&木原龍一)、吉田唄菜&森田真沙也、イリア・マリニン、ジェイソン・ブラウン、ケヴィン・エイモズ、モリス・クヴィテラシヴィリ、イザボー・レヴィト、マライア・ベル、ルナ・ヘンドリックス、キミー・レポンド、パパシゼ(パパダキス&シズロン)。そして、ちょっと別格な感じのステファン・ランビエル、荒川静香。注目の若手、現役バリバリ、レジェンドがバランスよく揃っていたので、これは見に行って損はないと判断し、その判断は間違っていなかったと思う。

 圧巻だったのは、前半最後のコラボプロ、ステファン、知子ちゃん、静香さんによる「ミス・サイゴン」。2022年のFOI(フレンズ・オン・アイス)で演じたプロの再演だという。噂には聞いていたけど、見ていなかったのでありがとうございます。フィギュアスケートの名プログラムって、伝統芸能みたいに何度でも再演してほしいし、別のスケーターに受け継がれてもいいと思う。はじめはステファンと知子ちゃんが登場。リフトもあり、スピンの共演もあり、アイスダンスみたいだった。それから二人が下がったあと、若草(若竹?)色のコスチュームの荒川静香さんが登場、パッショネイトなソロパート。再び二人が登場し、爆撃音の中、知子ちゃんと静香さんが氷の上に倒れるフィナーレ。だったかな? いろいろなメッセージがストレートに伝わってきて泣けた。

 その知子ちゃん、後半には全身ショッキングピンクのパンツルックで登場し、キュートに踊りまくってくれた。プリンスの「It's About That Walk」という曲だそう。この振り幅、素晴らしい。ステファンの「Simple Song」、パパシゼの長机プロ(今回は机でなく黒い布で覆った長箱)は、今年のFaOIの再演だったが、どちらも好きなプロなので、得をした気分だった。3階席ならではの見応えというか、氷上に身体を倒したステファンの妖艶なこと。現役選手たちの、高難度ジャンプを次々跳びまくるプロももちろん凄いのだが、私の見たいのは、そっちじゃないんだなあ…ということをあらためて感じてしまった。

 なお、ゲストアーティスト(EXILE TAKAHIRO、ハラミちゃん)が突如追加されたり、当日に座席の振替があったり、運営にはやや混乱した印象があった。一方で、コアなスケートファンでない観客を呼び込もうという努力は買う。今回、周りに男性客を複数見かけて新鮮な感じがした。

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作家と版元/へびをかぶったお姫さま(丸善ギャラリー)

2023-10-08 22:27:42 | 行ったもの(美術館・見仏)

〇丸善・丸の内本店4階ギャラリー 第35回慶應義塾図書館貴重書展示会『へびをかぶったお姫さま-奈良絵本・絵巻の中の異類・異形』(2023年10月4日~10月10日)

 毎年この時期のお楽しみになっている慶応大学図書館の貴重書展示会。この数年は、漢籍とか国学とか、わりと堅いテーマが続いたように思うが、今年は目に楽しい奈良絵本・絵巻が取り上げられていた。奈良絵本・絵巻とは、室町時代後期から江戸時代中期にかけて制作された、豪華な手作り・手彩色の絵本や絵巻のこと。擬人化された動物や鳥、虫、さらには鬼や天狗など異形のものたちも登場する。本展は、これらのおもしろい絵を数多く公開するとともに、これらの作品が、いつ、誰によって、どのように制作されたかを明らかにする。図録に付属する「慶應義塾図書館所蔵 奈良絵本・絵巻リスト」には75件を掲載。本展には、個人蔵作品(けっこう多い)を含めて48件が出品されている。

 奈良絵本・絵巻は、よく知られた物語をもとに制作・複製されたので「雀の発心」「酒呑童子」「是害坊」など、知っている物語、どこかで見た絵の類似品が多かった。その一方、物語自体は有名でも、絵に個性が感じられるものもある。この「道成寺」(江戸後期)などは、清姫が変じた蛇の姿に異様な躍動感と迫力はあって印象に残った。

 サブテーマ「頭に何かが載っている」は、擬人化の方法に注目したもの。これは「浦島太郎」の海の生きものたち。

 タコやエビはともかく、虫の擬人化はちょっとグロテスクで滑稽に感じてしまうのは私だけだろうか。作品は「虫の歌合」。

 この「かぶりもの」で変化(へんげ)のものを現わす手法は、中国にも(挿絵?京劇?)あったような気がするのだが、いまちゃんと思い出せない。

 監修者の石川透先生が図録に書いているところによると、2000年1月、丸善日本橋本店(当時)で「慶應義塾図書館蔵御伽草子」展が開催されたが、当時、御伽草子の展覧会は珍しかったので、図録も展覧会の中日には売り切れてしまった。とりわけ奈良絵本・絵巻の作品群が好評だったという。私はこの展示会は見ていないが、90年代の終わり頃、先進的な大学図書館が「デジタルライブラリー」の名前で貴重書の電子化とウェブ公開を開始したとき、奈良絵本を取り上げる図書館が多かった。文字ばかりの書籍より人目を引くし、誰でも楽しめると判断されたのだと思う。一方で、美術的・研究資料的価値はあまり高くないと思われていたので、また奈良絵本か、という批判的な反応も(図書館関係者の間に)あったことを覚えている。

 しかし今回の展示で、近年、奈良絵本の研究がずいぶん進んでいることが分かった。ひとつは、居初つな(いそめ つな)という女性の存在である。貞享・元禄年間(17世紀末)に版本の往来物を制作した女性だが、大量の奈良絵本・絵巻を制作していたことが、最近、明らかになった。前掲の「虫の歌合」(展示は屏風仕立て)も、筆画とも居初つなの作品と考えられている。「奈良絵本・絵巻が男性の分業により制作されたとの常識が完全に崩れた」というのだから、面白い。

 下は写本「徒然草」(挿絵なし)の本文のあとに記された「居初氏女つな書」の署名。

 奈良絵本・絵巻の制作には、もちろん男性も関わっていた。そのひとりが、仮名草子作家の浅井了意。了意は筆耕(木版印刷の版下文字を書く仕事)をする立場から、内容も制作する立場に変わったのではないかと考えられている。

 居初つなや浅井了意は、どこかの絵草紙屋に雇われていたのだろう。下は「七夕の本地」(江戸前期)に押された「烏丸通桜馬場町 御絵双紙屋 大和大極」の朱印。別に「源小泉 大和大極」という印もあって、絵双紙屋小泉の印と分かる。絵双紙屋小泉の作品には、異形の化け物が描かれることが多いのだという。

 見た目のかわいらしさだけと思われがちな奈良絵本・絵巻、先行の絵画作品や同時代の文学・戯曲作品と比較すると、まだまだいろいろなことが分かりそうで、とても面白かった。

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奇妙な連続殺人/中華ドラマ『塵封十三載』

2023-10-06 22:28:11 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『塵封十三載』全24集(愛奇藝、2023年)

 「当たり年」の感のある今年のドラマの中でも、比較的高い評価を得ていると聞いて見てみた。若い女性を狙った猟奇連続殺人を題材にした犯罪ミステリードラマである。

 2010年のある日、南都市の家具展示場で、奇妙なポーズをつけられた若い女性の全裸遺体が発見される。現場にはHBの鉛筆が残されていた。捜査に当たった刑事の陸行知は、13年前の1997年、警察に就職した最初の日に出会った事件を思い出す。老街のうらぶれた写真館で、やはり奇妙なポーズの女性の遺体が発見され、そこにもHB鉛筆が残されていた。ここからドラマは、1997年と2010年の2つの時間軸で動き始める。

 1997年の新人刑事・陸行知は、ベテラン刑事の老衛(衛峥嵘)とともに捜査に着手するが、すぐに第二の事件が起きる。第二の被害者・杜梅は、女手一つで育てていた幼い娘の安寧と一緒にいるところを襲われ、安寧は衣装箪笥の中に隠れて命を助かった。陸行知と妻の楊漫は、孤児となった安寧を引き取り、養女とすることに決める。陸行知は幼い安寧の挙動から、犯人がなぜか安寧のイチゴのぬいぐるみを持ち去ったことを知る。また、フクロウの面で顔を隠した人物を見たという証言を得るが、謎めいた断片的な証言ばかりで犯人の正体はつかめない。

 刑事の老衛は、むかし白暁芙という女性と将来を約束していた。不治の病に犯されたと信じた老衛は白暁芙のもとを去り、彼女は別の男性と結婚して息子の張山山が生まれた。けれども白暁芙の結婚生活はうまくいかず、彼女は老衛に思いを寄せ続けていた。あるとき、白暁芙は連続殺人犯に襲われかけ、必死で逃げようとして車に跳ねられ、命を落としてしまう。冷静さを失った老衛は、容疑者のチンピラを執拗に追及し、かえって警察の信用を落とす結果となる。老衛は犯罪捜査から身を引き、警察の図書室で静かに暮らすことを選ぶ。その後、新しい事件は発生しないまま、月日が流れていった。

 2010年の事件発生後、陸行知は「師父」老衛に協力を依頼する。二人は13年前の関係者を訪ね、再度、彼らの証言や関係を洗い出していく。2010年にも第二、第三の殺人事件が起きるが、犯人のやりくちが1997年の連続殺人と異なり、粗雑で暴力的であると二人は感じる。13年の歳月は警察の捜査方法を大きく進歩させていた。大学の研究員であった白暁芙が保存していた1997年の犯人の遺留物と、2010年の遺留物をDNA鑑定した結果、両者は別人であること、しかし非常に類似性が高く、おそらく親子ではないかという推定が下る。

 【ネタバレ】1997年の犯人は白暁芙の夫・張司城であり、2010年の犯人は、父親に虐待され、残虐性を植え付けられた張山山だった。張山山は、自分と同じように家族に見捨てられた少女たちを、この世の責苦から解放するために殺害していた。老衛は、最愛の女性の忘れ形見を自らの手で葬り去る。

 だが、本作の謎解きの真骨頂は、犯人が誰かよりも、なぜイチゴのぬいぐるみとか鳥のお面とか、奇妙な道具立てが必要だったかだろう。呉嘉(張山山の偽名)のパソコンからは「人間楽園」と題した絵画が発見される。ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」だ。そこには、巨大なイチゴ、フクロウ、さらにサクランボの髪飾りなど、事件の鍵が全て描き込まれていた。そしてヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch)がHBの正体だったのである。うわーこれはやられた!と思った。ただ、ドラマではヒエロニムス・ボスが別の名前に差し替えられていたのが不思議だった。何か実在の画家の名前を出せない事情があったのかもしれない。 

 本作は、犯罪ミステリーに加えて、陸行知と老衛それぞれの家族の物語、被害者の女性をとりまく男たちの欲望や葛藤が、13年の歳月の厚みとともに描かれており、人間ドラマとしても見応えがあった。陸行知の陳暁、古装ドラマの貴公子でしか見たことがなかったけど、洒落っ気の片鱗もない刑事役もなかなかいける。妻の楊漫は啜妮さん。『無間』の藍冰が好きだったので、また会えて嬉しい。1997年の映像は全体に冬服、2010年は夏服で変化を付けていたのは、視聴者の混乱を防ぐための工夫だろうか。なお、架空の南都市のロケ地となったのは重慶。重慶の風景は実にミステリーが似合う。

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我が名は武則天/鋼鉄紅女(シーラン・ジェイ・ジャオ)

2023-10-05 22:14:54 | 読んだもの(書籍)

〇シーラン・ジェイ・ジャオ;中原尚哉訳『鋼鉄紅女』(ハヤカワ文庫) 早川書房 2023.5

 人類の遠い未来の物語。華夏の人々は長城の中で暮らしていた。長城の外に広がる荒野からは、しばしば渾沌の群れが攻め寄せてきた。迎え撃つ人類解放軍の主力は霊蛹機。7、8階建てのビルほどもある巨大な戦闘機械である。パイロットは座席にしこまれた鍼を通じて気を送り込み、機体を操縦する。ただしひとりで操縦することはできない。陽座に座る男性パイロットとともに、陰座に座る妾女パイロットが必要である。しかし妾女パイロットは、男性パイロットに気を吸い上げられて、一度の出撃で命を落とすことが常だった。

 辺境の村娘・武則天の姉も、九尾狐のパイロット・楊広の妾女パイロットとなって死んでしまった。主人公の「あたし」=武則天は、姉の仇をとるため、妾女パイロットに志願し、逆に霊圧で楊広を圧倒して彼を死に至らしめる。諸葛亮軍師、司馬懿謀士は、尋常でなく高い霊圧を発揮した武則天を、朱雀のパイロット・李世民と組ませることにする。霊蛹機では妾女パイロットは使い捨てだったが、例外的に「匹偶」と認められた、霊圧の高い男女のパイロットがいた。白虎に乗る楊堅と独孤伽羅、玄武に乗る朱元璋と馬秀英などである。

 武則天には高易之という思い人もあり、アルコール依存症で父親殺しの李世民には、なかなか心を許さなかった。しかし李世民の不幸な前歴を知り、その傷つきやすい優しさに次第に惹かれていく。李世民は文徳という女性パイロットを失ったことをずっと悔いていた。やがて武則天は奇妙な事実に気づく。女子の霊圧は男子より強く感知されることがあるのだ。男子より霊圧の高い女子は実際に存在するのではないか。霊蛹機の操縦システムが女子に不利になるように設定されているのではないか。そして安禄山謀士の告白によって、彼女の推測が正しいことが判明する。

 多くの人々を不幸にしてきたシステムを破壊し、世界を変えるために、武則天と李世民、そして易之は立ち上がる。李世民は易之にも惹かれていた。男女が1対1のペアでなければならないという思い込みを笑うように、3人は最強の関係を作り上げた。

 けれども武則天の敵は人類解放軍の中にいた。渾沌たちとの戦闘の中、朱雀を飛び出した武則天は、荒野に眠る伝説の皇帝将軍・秦政を目覚めさせ、彼の霊蛹機・黄龍に乗って戦場に舞い戻る。黄龍の前に世界中がひれ伏そうとしたとき、易之が、信じられてきたこの星の歴史をくつがえす発見を告げる。さらに「天庭」からの指令によって、物語は幕引きとなる。いや、なんで!? ここから真の大冒険が始まると思ったのに。秦政(始皇帝)と武則天がペアになって黄龍に乗るという構図だけで、ぞくぞくするほど期待が高まったのに、残念。

 本作には、中国の歴史上の著名人の名前がキラ星のごとく敷きつめられている。むろん名前を借りただけではあるけれど、著者が「この本の則天はまったく異なる世界のまったく異なる環境で生きる人間として描きなおされている。でもその精神や考えが史実の人に反しないことを願っている」と述べているとおり、どこかに歴史や伝承のイメージが漂っているのが楽しい。個人的には司馬懿謀士のキャラが、怒りっぽくて情に厚く、人間味のあるところ、いかにも司馬懿らしくてツボだった。李世民は、こういう繊細な青年として思い浮かべたことはなかった。文徳は李世民(唐太宗)の皇后の名前だったかな?と調べたら、文徳皇后は賢后として名高く、彼女の死後、太宗は皇后を立てず、その陵墓を眺め暮らしたという逸話が出て来た。本作は、こういう史実/伝承の使い方が絶妙に巧い。あと、司馬懿の指導で、武則天と李世民がパートナーとして気持ちを合わせるための修行のメニューの中に、当然のようにアイスダンスが入っているのが面白かった。確かに中国文化の文脈的にはフィギュアスケートのカップル競技って、二人の「気」を合わせているように見えることがある。

 しかし『三体』を生んだ中国SF(著者は中国出身、幼少期にカナダへ移住)、あんな作品もあれば、こんな作品もあるという豊かさが、とてもよい。2021年発表の本作が速やかに日本語で読めるのも幸せなことだと思う。

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2023夏から秋へ

2023-10-03 20:30:24 | 日常生活

長かった猛暑の夏がようやく終わろうとしている。

これは9月の終わりに食べた、いつもの深川伊勢屋の氷いちごソフト。

これは10月の初めのキバナコスモス。通勤路の横断歩道の脇に咲いている。もう6年目の通勤路なのだが、以前からあったかしら? 最近、誰かが種を蒔いたのかもしれない。

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自警団の実像/関東大震災と民衆犯罪(佐藤冬樹)

2023-10-02 22:35:10 | 読んだもの(書籍)

〇佐藤冬樹『関東大震災と民衆犯罪:立件された114件の記録から』(筑摩選書) 筑摩書房 2023.8

 私は人生の大半を東京で過ごしてきたので、関東大震災は、昔のできごとではあるけれど、具体的な被災地の地名にはなじみがあって、子供の頃から比較的身近な歴史だと思ってきた。しかし天災とは別の悲惨な事件について、詳しく知るようになったのは、ずっと大人になってから、たぶん2000年以降ではないかと思う。

 本書「はじめに」によれば、自警団を結成した人々は、多くの朝鮮人、中国人を殺し、時には日本人をも巻き添えにした。検察は114件を立件し、640人が起訴され、ほとんどが有罪になった。「ふつうの住民が400人以上を殺害した、近代日本史上類例のない刑事事件であった」が、犯人すべてが検挙されたわけではなく、「検挙されずに済んだ者とその被害者は永遠の謎になってしまった」という。それでも著者は、検察が起訴した事件の資料を丹念に読むことにより、民衆犯罪の実態を明らかにしていく。

 その前段として興味深いのは「自警団」の実態である。自警団類似の団体(保安組合、自衛組合など)は、震災の数年前から、警察の肝いりで各地に結成されていた。警察幹部はこれを「民衆の警察化」と呼び、「自警自衛」意識の高揚に基づく民衆の組織化に余念がなかった。その主力となったのが消防組員である。1894年の消防組規則では、各地の消防組は警察の統制と指揮下に置かれていた。これまで自警団の犯罪については、在郷軍人や青年団の主導性が強調されてきたが、警察の公式な下部組織であった消防組のプレゼンスが大きかったことを著者は検証している。

 また、震災直前は、朝鮮人労働者が増え続け、日本人労働者との間に多くの軋轢を生んでいた。労働争議だけでなく、死者や重軽傷者を出す「争闘」「格闘」あるいは住民による一方的な「襲撃」事件も多数起きている。この物騒な世情に迫られて、警察は「民衆の警察化」を急いだとも言える。つまり、朝鮮人襲撃事件は、震災という異常事態が生んだものではなく、起こるべくして起きたのだと思う。

 あらためて怖いのは、自警団には「善良な朝鮮人」と「不逞鮮人」を区別する意思がハナからなかったという指摘である。いちおう官憲のタテマエとしては、前者を保護する指示が出ていたが、自警団は受け付けなかった。彼らは朝鮮人こそ震災に伴うあらゆる災厄の源であると見なし、「原始的な復讐心」に囚われて、全ての朝鮮人に「報復」を加えた。いつの時代にも、こういう歪んだ理屈を唱える人はいるが、それが普通の人々に蔓延した状態というのが恐ろしいし、悲しい。

 著者は日本人襲撃の実態も調査している。東北出身者、ろう者の襲撃事件は確かに存在したが、1、2件に過ぎず、朝鮮人の被害を相対的に小さく見せようという当局のねらいから生じた側面は否めないという。これは重要な指摘である。確かに本書を読むと、自警団や群衆がわざわざ「発話不明瞭なもの」を区別して襲撃したというのが疑わしくなる。沖縄出身者についても襲撃の実態は不明だが、沖縄では、1940年前後の標準語強制教育の中で「沖縄出身者襲撃伝承」が、小学校の教室において教師の口から広まった可能性があるという。幾重にも悲しい話だが、なるほどと思わせる推論である。著者は、そもそも沖縄からの出稼ぎ労働者の歴史を調べる中で、副産物として本書が生まれたそうだ。あとがきでは「いまだかつて歴史学の手ほどきを受けたことはなく」と自己紹介しているが、考察は手堅い史料調査に基づいている。

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友情、努力、勝利とその後/中華ドラマ『蓮花楼』

2023-10-01 01:23:50 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『蓮花楼』全40集+番外編(愛奇藝、2023年)

 この夏、中国で大ヒットしたドラマである。「美男三人武侠サスペンス」と聞いて、私の趣味ではないかもしれないと思ったのだが、見てみたら、けっこうハマった。時代は架空の王朝「大煕」の設定。武芸の天才・李相夷は20歳にして正派の武門・四顧門の門主となった。しかし邪派・金鴛盟の盟主・笛飛声は、李相夷の師兄・単孤刀を呼び出して殺害し、李相夷に決戦を挑んできた。李相夷と笛飛声は嵐の海で激闘を繰り広げ、相討ちとなって姿を消した。

 そして10年後、「神医」李蓮花が世に現れる。彼は四頭立ての馬に引かせた移動式住宅「蓮花楼」で愛犬・狐狸精とともに気ままな旅暮らしをしていた。李蓮花の正体は李相夷、「東海一戦」の直前、何者かに「碧茶」の毒を盛られたが、無了和尚に救われ、別人・李蓮花として生きることに決めたのである。しかし彼の余命は持って10年と予言されており、その年限も尽きようとしていた。李蓮花の最大の心残りは、師兄・単孤刀の遺体の行方が分からないことだった。

 そこに現れたのは、四顧門の刑堂・百川院の一員になることを目指す若き武芸者・方多病。幼い頃に李相夷から武芸の手ほどきを受けたことが自慢で「李相夷の弟子」を名乗っている。しかも話を聞くと、単孤刀の実の息子であることが分かる。方多病は、李蓮花がまさか李相夷そのひとであるとは知らず、武芸オンチらしい李蓮花を守ろうと奮闘し、李蓮花はそんな方多病を「方小宝」と呼んで可愛がる。しかし方多病は、徐々に李蓮花の正体に気づくとともに、実父の単孤刀を死に追いやったのは、師兄をねたんだ李相夷であるという世間の噂に動揺する。

 一方、金鴛盟の盟主・笛飛声も10年の療養を経て、いくぶん内力を回復し、活動を開始する。笛飛声は李蓮花を探し当てるが、「東海一戦」の李相夷が毒を盛られていたことを知ると、義憤に駆られ、単孤刀の遺体探しに協力する。さらに李相夷の治療を手伝い、真の実力を回復した上での再戦を迫る。李蓮花が「老朋友」阿飛(笛飛声)と何やら秘密を共有している雰囲気が、「新朋友」方多病にはちょっと面白くない。この、仲がいいんだか悪いんだかよく分からない三人組が、次々にミステリアスな事件の解決に挑んでいくのが本作の見どころである。

 【ネタバレ】やがて別々に見えた事件が、滅亡した王国「南胤」の存在を鍵に結びついていく。金鴛盟の一員で笛飛声の腹心に見えた聖女・角麗譙は、南胤復興のために金鴛盟を利用していた。また、実は生きていた単孤刀は、自らを南胤の皇帝の末裔と信じ、帝位を簒奪することを企んでいた。彼らが狙っていたのは、業火母痋と呼ばれる毒虫で、毒虫に刺された人々を意のままに操ることができる。この毒虫を制するのは、南胤皇帝一族の血のみと言われていた。李蓮花らは単孤刀を取り押さえ、その血を毒虫に垂らしたが何も起こらない。そこに李蓮花・単孤刀を育てた師母が現れ、李蓮花の血を毒虫に垂らすように告げる。ともに孤児として育った李蓮花と単孤刀、南胤皇帝の血脈を受け継いでいたのは李蓮花だったのである。これは皮肉が効いていて、なかなかよいドンデン返し。

 単孤刀一味との乱戦の末、笛飛声は李蓮花の毒を解く可能性のある薬草・忘川花を手に入れ、これを李蓮花に渡して、再戦を約して立ち去る。しかし李蓮花は、この薬草を大煕皇帝の病の薬として献上する。そして四顧門を朋友たちに託し、蓮花楼さえ残して、どこかへ姿を消してしまった。

 ストーリーもよくできていると思うが、ドラマの魅力は、なんといっても三人の主人公たちである。李蓮花/李相夷の成毅はたぶん初めて見た。李相夷は自負心の強い(それゆえ敵もつくりやすい)少年英雄だが、李蓮花は、大人の諦観を感じさせ、ちょっとオバサンっぽい。方多病の曽舜晞くんは『倚天屠龍記』以来だけど、少年らしいまっすぐキャラがよくハマる。序盤は自称が「本少爺」(俺様)なのが可愛かった。笛飛声の肖順堯さんは『軍師聯盟』の司馬師以来! 少年マンガによくある、ライバル大好きな勝負一筋の硬派男子で、角麗譙の色香にも迷わない。つねにマイペースなところも好き。

 ドラマ放映終了後、9月16日には出演俳優さんたちによる「演唱会(コンサート)」が開催されており、この映像もYoutubeで楽しませてもらった。やっぱり歌とダンスが本職の肖順堯さんが抜群にカッコよく、素朴な人柄にギャップ萌えしてしまった。Youtubeで彼の動画を探して視聴する「沼」からまだ抜け出せないでいる。

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