〇神奈川県立歴史博物館 特別展『足柄の仏像』(2023年10月7日~11月26日)
足柄地域(神奈川県西部、西湘)に伝わる、国指定重要文化財の彫刻3件4躯、県指定重要文化財の彫刻13件28躯を含む約80件の仏像・神像・肖像彫刻・仮面を一堂に公開する特別展。なかなか拝観に行けない仏像・神像を実見できる貴重な機会なので、さっそく見てきた。同館が、神奈川県の彫刻を地域別に紹介する展示としては、2020年の「相模川流域のみほとけ」に続くものだという。前回も「相模川流域」と言われてピンと来なかったように、実は今回も「足柄地域」がよく分からなくて、会場の半分くらい進んだところで地図を見つけて、小田原市・南足柄市・中井町・大井町・松田町・山北町・開成町・箱根町・真鶴町・湯河原町の2市8町にわたる地域であることを確認した。「足柄山」の印象が強いが、地域としては海岸部から山間部までが含まれる。
入ってすぐに大きな毘沙門天立像(南足柄市・朝日観音堂)が待っていた。地天女に支えられる兜跋毘沙門天の様式。室町時代の模古作と評価されてきたが、本展の事前調査で平安後期の11世紀の作と考えられるようになったという。左腕の肘から先が上下逆に取り付けられているのではないかと不審に思った。
展示室に入ると、万巻(満願)上人坐像(箱根神社)。平安時代9世紀と見做され、足柄地域では最も有名な像のひとつ。険しい眉根に見覚えがあった。袖に隠した左手を頭上に持ち上げた、小さな女神立像(箱根神社)も記憶にあった。初見だと思うが、美しさに見とれたのは、箱根町・興福院の普賢菩薩坐像。高い髷が宋風の趣き。同じ興福院には、向かって右側を四割くらい削られた状態の菩薩像頭部も伝わっている。破壊による欠落が、かえって端正な美しさを引き立てているようでもある。
朝日観音堂の毘沙門天立像(入口ホール展示のものとは別、平安時代10~11世紀)は、猪首、膨らんだ頬、横に開いた鼻、あつい唇など、東国の力強い農民兵のようだ。南足柄氏・保福寺の十一面観音菩薩立像は、衣文や顔立ちの彫りが浅くシンプルな造形。摩滅によって木材の中に消えていきそうな表情に惹かれる。大磯町・六所神社の男神立像・女神立像は、人間くさい独特の表情が、木像というより陶俑を思わせる。特に地域的特徴というものはなくて、それぞれ個性に富んだ仏像・神像が並んでいた。
後半は鎌倉・室町から江戸時代へ。ここでは、異様に頭でっかちでずんぐりした体形の十一面観音像(松田町・桜観音堂、室町時代)が印象的だった。もちろん都ぶりの整った阿弥陀如来立像や、よくできた清凉寺式の釈迦如来立像もあるのだけれど、ちょっと変わった、個性的な仏像・神像がつくられ続けているのが嬉しかった。
図録解説によれば、本展には県内の市町村による彫刻悉皆調査で確認された仏像を多く展示しているという。そうなのだ。時間をかけた調査がなければこうした展示会は開催できないのである。同館の歴代の彫刻担当学芸員が県内の彫刻悉皆調査に参加してきたという短い記述を、しみじみ感謝をもって眺めた。