信州百名山の一つ
「茂来山」
を歩いて来ました。 中央自動車道の須玉ICを降り、
国道141号線を北上し、千曲病院入口交差点を右折、抜井川沿いの武州街道(国道299号線)を東に進み、先に皆さんを槙沢登山口にご案内、10時半着。登山準備に準備運動を済ませ、10時45分皆さんの
出発を見送った。
皆さんには縦走コースを楽しんで頂くために、車を下山口である霧久保沢
駐車場に移動し、そこから茂来山を目指した。 霧久保沢
駐車場着、11時。 途中の林道は狭かったのに駐車場が広いのにビックリ。登山準備を整え、11時15分
出発。
今日の山は『茂来山』(もらいさん)
標高1717m。 硫黄岳が
噴火した際、飛んできた岩を“もらって”出来たことから名付けられたと言われる名山。 約2時間の道程で手軽に登山体験できる山として、広く人気があります。
もとは「貰井山」と書いたようです。
駐車場から登山道入口まで林道を進み、林道終点
通過、11時半。
登山道は直進です。
登山道に入ったら直ぐ「コブ太郎」まで1080mと書かれた表示板が目についた。
道はとても歩き易く快調に進んだ。 ただ樹林帯の中であり、曇天
であるのに何故か汗がポタ
ポタ
と滴になって落ちた。水分
補給もまめに行う。
舞台のようなものが見えた。屋久杉ではないが、木コブが沢山ある大木が見えた。 着いた。
あれが「コブ太郎」か?11時50分着。トチノキの大木である。
山里では昔から木の実を食糧の足しにしてきました。 その頃は、田も畑も少なく、年によっては寒い夏や長雨
の年も度々あり、穀物の収穫が少ない時が多く、木の実は大切な食糧でした。
木の実は「くり」・「とちのみ」・「くるみ」などです。
そんなことから、茂来山の森でも実のなる木は大切にされてきました。 明治時代を迎え、国の管理する
国有林
(現在の東信森林管理署)になってからも、実のなる木は残すように努めました。
炭焼きや木材として伐採する時も、
とちの木
は伐らずに残されてきました。
その中の一本がとちの木
『コブ太郎』
とのことです。 コブ太郎さんのパワーをもらい
出発、11時57分。
登り出して間もなく、以前は炭焼きをしていたであろう石組みの窯を2つ見かけました。12時11分
通過。
次は登山ガイドに出ていた「大王トチノキ」を発見、12時15分。 堂々とした幹回りの大木にビックリです。
既に枯れてしまった幹も立派なもので、嬉しいことに枯れた幹の脇から新しいトチノキが育っていました。
頑張れと幹に触れて出発、12時20分。
ここから厳しい急坂の直登が始まった。粘りを見せ休まずに、黙々と登る。
皆さんが登られた槙沢コースとの合流地点に到着、12時45分。
何となく風の向きだろうか?人の声が
聞こえ、山頂間近と感じた。 尾根上には
ミツバツツジ
が群生し、元気が出てきた。
「ヤッホー
」と声を出したら
「お疲れ~
」
の返事があり、頑張った。
皆さんの待つ、茂来山
山頂着、12時55分。 曇天ではあったが、八ヶ岳、浅間山、荒船山などが見えた。
昔、八ヶ岳の名前を付けるには峰の名前が七つしかなかったので、東方にある貰井山をもらって八つとして「八ヶ岳」としたようです。
そこで貰井山⇒茂来山と呼ばれるようになった。 また今では、お嫁さん(お婿さん)をもらいたい、縁結びの山として人気のようです。
山頂には皇太子浩宮殿下が独身時代の1982年に登頂された登山記念碑がありました。
私も急いで昼食を済ませ皆さんと共に下山開始、13時20分。正面の山は
八ヶ岳です。
槙沢・霧久保沢コース分岐点からの下りは急で滑り
易く、焦らずゆっくりと下って頂いた。
大王トチノキ着、13時55分。5分休憩。
コブ太郎着、14時13分。10分休憩。皆さんコブの大きさに驚いていた。
ここからの下りは歩き慣れた皆さんには楽なもので、周りの木や花の名前を確認しながらノンビリ
下った。 霧久保沢
駐車場到着、15時丁度。お疲れ様でした。
※長い年月を経て育まれてきた森の巨人
たち※ 2000年4月林野庁は次世代への遺産として残すべき国有林内の代表的な巨樹・巨木を『森の巨人たち100選』として発表しました。
長野県内では、
佐久町トチノキ「茂来山のコブ太郎」・
飯山鍋倉山のブナ「森太郎」・
木曽郡楢川村のカラマツ「ジャンボカラマツ」・
東部町のシナノキ「弘法大師の逆さ杖」の4本が選定されています。