山仲間との山行に、2年半振りの参加をさせて頂きました。
「珍しいですね 」との声を頂き、久し振りに山仲間の皆さんと共に道志山塊を歩いて来ました。 皆さんの懐かしい顔ぶれを拝見させて頂き、楽しい山歩きができました。
歩いた山は、道志山塊随一の大展望と枯れ葉を踏む静かな尾根道歩きのできる『今倉山』標高1470mと『赤岩』標高1450mそして『二十六夜山』標高1297mです。
全国的にコロナ感染者数の衰えを見せない中であり、どれだけの参加者が有るのか 出発前日まで知りませんでした。 山行自体も久し振りの様で、沢山の方々が待ってたかのように、ご参加くださいました。移動車両の中には、ビニールシートが張り巡らされ、乗車口には消毒液が備えられ換気にも気遣いし、感染予防対策万全でした。 乗車中はマスクを着用し、話し声は控えめに
山中湖から国道413号線(御坂みち)を相模原向けに進み、道の駅「どうし」を過ぎてから県道24号線(都留道志線)に入り、道坂トンネルを抜けた所が登山口駐車場。
今倉山登山口駐車場着、10時10分。トイレ完備。 道坂隧道バス停のそばに登山口があり、10時20分出発。
足慣らしには一寸きつい登りだが10分ほどで市村界尾根(道坂分岐)に出た。10時半。 15分ほど休憩し、体が熱くなって来たので、水分補給や衣類調整を行った。
ここからは道志の谷を隔てて丹沢の山々を望むことができた。葉の落ちた、この時期ならではの事である。
衣類調整が終わって、今回登る最高峰の今倉山に向かって尾根に取り付く。 皆さん、久し振りの登山というのに結構斜度のある直登で、厳しさを感じられる方々には無理をされないようお願いし、最後尾を歩いた。
今倉山(東峰)山頂着、11時50分。 皆さんと大差なく山頂を踏むことができた。 東峰には三等三角点と山梨百名山の標柱があった。
時間的に山頂で昼食としたが曇ってしまい冷え込みも強くなり展望も良くないので、25分で切り上げ前進することとした。
西へいったん下り、灌木が密生した鞍部から再び登り返すと今倉山西峰のはずでしたが、表示があったのか?見逃したのか?気づかず通過した。 少し急な下りを過ぎると広い尾根上に出た「西ヶ原」で、県道に下る分岐がある。
西ヶ原を過ぎ2つほどのピークを越すと、
一気に展望の開ける赤岩(標高 1450m)に到着である。 13時05分。
今通過して来た今倉山方面以外はさえぎる物が無い。360度の山名標示板が設置され、皆さんでその山を探したが、上空にある雲のせいで見える山と見えない山があり残念だった。 青空であったならと悔やまれた。 その中でも見えた東京都の最高峰「雲取山」です。
赤岩出発、13時25分。ここからはブナやミズナラの樹相が素晴らしく「どんぐり」が沢山落ちているのが目に付いた。
明るい緩い尾根を30分ほど下ると、最後に急降下し林道に下り立つ。14時10分。
その林道を僅かに北へ進むと二十六夜山の登山口が左手に見える。
林道から再び登山道に取り付くと、20分ほどで二十六夜の石碑のある二十六夜山に到着である。14時25分。
二十六夜山は都留市の南東部に位置し、今倉山から赤岩と連なる尾根の西側に位置する最後の山です。 田中澄江著の『新・花の百名山』に紹介され、4月下旬から5月上旬にかけて美しく可憐な「エイザンスミレ」が観賞できるそうです。 山名は江戸時代に盛んとなった旧暦の正月と7月26日の夜に人々が寄り合い飲食などを供しながら月の出を待つ 二十六夜待ちの行事に由来するとのことです。
この日の夜半の 月光に現れる阿弥陀仏、観世音菩薩、勢至菩薩の三尊の姿を拝むと平素の願いが叶うと信じられ、かつては、この二十六夜山の山頂で麓の村人達によって、遠く道志山塊から上がる月を拝む月待ちの行事が行われたそうです。
私達も当時の月待の行事に思いを馳せながら、山頂からの景色を楽しみました。 雲の掛かる富士。
二十六夜山のいわれを聴き、14時35分に下山の途に就きました。
先程の林道登山口まで戻り、林道歩きで道坂トンネル登山口駐車場に戻りました。 歩行時間は4時間少々でしたが、急登・急降下があり、お疲れ様でした。