デイモン・ラニアン著/加島祥造訳 1973年 新書館
デイモン・ラニアンを読んでみたいと思ったのは何でだっけ?
買いものリストにその名をメモってあるが、どうしてだかは忘れてる。
たぶん丸谷才一の書評のどっかにでもあったんだと思うけど。
ほんとは『ブロードウェイの出来事』ってのを読みたいんだが、いまだ見つけられてない。
この単行本を近くの古本屋で見つけたのは、去年11月の末のことか、お目当ての本とちがったけど、とりあえず即買った。読んだのつい最近だけど。
オリジナルの『Guys and Dolls』は1931年に刊行された著者の第一短編集だが、本書は日本で独自に選んで編まれたということで内容は同一ではないそうな。
それでもなんでも収められてる10の短編はどれもおもしろいので、とっかかりとして手にとった私としては満足、ますます他のも読みたくなった。
舞台は1920年代ころとおもわれるブロードウェイで、語り手の「おれ」によって描かれる、登場人物たちは一癖も二癖もある連中だが、なんとも勢いがあっていい。
試しに、以下、それぞれの話のなかから、テキトーに二、三の文を抜き書き紹介してみる。
「サン・ピエールの百合(リリー)」THE LILY OF ST.PIERRE
>ところで、こうやっておれたちが歌ってるさいちゅうにいきなり誰かが表のドアから飛び込んで来る。誰だと思う? ジャック・オハーツさ。やつはハジキを持って店じゅうあちこち見まわすし捜しまわる。すると、とたんに今度は、パッととび上って裏の出口へ走りだすやつがいる。おれたちと一緒に歌ってる「横着・ルイ」さ。わりにいい声した野郎なんだ。(p.11)
「ブロードウェイ・ロマンス」ROMANCE IN THE ROARING FORTIES
>そこで彼は、つかつかと二人の方に歩いて行く。ウォルドウが彼の足音に気づいてミス・ビリー・ペリーから離れる途端に、彼は大きな右手でウォルドウの顎にがあんと一発くらわせる。デイヴ・ザ・デュードの右手パンチはたしかに相当なものさ(左手はさほどでもないがね)。(p.32)
「血圧」BLOOD PRESSURE
>それだけじゃない。おれはドクター・ブレナンの言葉を忘れていない。医者は興奮を避けろと言う。しかしラスティ・チャーリーがネイサン・ディトロイトの博打場に行けば、まず興奮するようなことしか起こらないだろうし、そうするとおれの血圧もぐんと高くなって、ぽっくりあの世行きってことになるかもしれない。(p.55)
「プリンセス・オハラ」PRINCESS O'HARA
>それから何年か、プリンセスは、夕方、あまり遅くない時間によくキングと一緒に馬車に乗るようになって、時たまキングが飲み過ぎたりすると、彼女が自分でゴールドバーグの手綱を持って御してることもある。ゴールドバーグってのはキングの馬で、ブロードウェイの町筋なんか誰よりもよく知ってるから、べつに御す必要は全然ないんだがね……。(p.75)
「ブッチの子守唄」BUTCH MINDS THE BABY
>全くのところ、この「男の町」ではビッグ・ブッチに誰もふざけた真似をしないことになっているのさ。それほど怖え男なのさ。だからブッチがこのブルックリン野郎ども、とくに馬づら・ハリーに昔馴染らしくうなずいてみせる時には、おれもほっと安心の溜息をするぜ。それから馬づら・ハリーはあいさつ抜きで、ずばりとたいへんな仕事の話を持ちだすんだ。(p.104)
「片目のジャニー」JOHNNY ONE-EYE
>「なあ、片目のジャニー、あのおまわりがおれに気づかないからって、べつに間抜けじゃないんだぜ。四十八州の警察の探しまわっているおたずね者が仔猫を抱いて町をうろついてるなんて、誰が思う? そうだろ、ジャニー」(p.133)
「約束不履行」BREACH OF PROMISE
>いや、実をいうと、ミスター・ジェイベズ・チューズデイがおれたちに頼む話の中味を、ジャッジ・ゴールドフォバーに知らさねえのかもしれねえ。まあ、ミスター・チューズデイがおれをあのセルフ・サービスの食堂でレジに雇う気じゃないぐらいは見当がつく。この点なら六対五ぐらい賭けたって大丈夫よ。(p.152)
「義理の固い男」A VERY HONOURABLE GUY
>デカ足・サミュエルズのことで、ただ一つだけ感心するのは、借金にはひどく義理固いことさ。金が入ったら、必ず借りは返すんだ。誰に聞いても、これだけはデカ足・サミュエルズのために太鼓判を押すはずだよ。もちろんサミュエルズのような三文やくざが賭商売をつづけるためには、こうするしかない――自分の信用をつけるだけにもね。(p.173)
「夢の街のローズ」DREAM STREET ROSE
>ローズは隅のテーブルに坐ってる。チャーリーはローズに、入る前に入口のマットで靴を拭いてから来たらどうだ、と悪態をついてるけど、ローズは入口にマットなど置いてないとちゃんと知ってるから、チャーリーの言葉なんか空とぼけて平気な顔してる。しかしチャーリーの文句にも一応の理屈があるのさ、なにしろローズは、掃除したばかりのきれいな床の上に、まるで泥の中でも歩いてきたみたいな真黒い靴跡をずらりと残してるんだからな。(p.198)
「ミス・サラー・ブラウンのロマンチックな物語」THE IDYLL OF MISS SARAH BROWN
>ネーサン・ディトロイトの賭場でザ・スカイがミス・サラー・ブラウンのためにブランディ・ボトル・ベイツの魂を張っているという噂が外に流れだすと、ちっとばかり興奮のうずがまき起こる。ミンディのレストランでは、たむろしてる連中があれこれ議論したり、金があればいくら賭けるなんて喋ってるけど、そこへ噂をつげる電話がかかる、そして皆が一度にドアに殺到して、ミンディ自身は危くふみ殺されるところだ。(p.234)