金田鬼一訳 1979年改版 岩波文庫全五冊
河合隼雄さんの本を読んで、そーかーグリム童話いちど読まなきゃ、って思ったわけだが。
幸い今年の一月だったか、古本屋で五冊そろいで文庫を買えた、セットで1000円、おてごろ。
なかなか読むの進んでかないもので、順番にポツポツやって、ようやく最近読み終わった。
感想がどうとかってものぢゃないが。
似たような話は並べてあったりして、そうか、いろんなバージョンあったりすんだ、って今さら知ったとこはある。
「千夜一夜物語」にあった話、たとえば木馬のネジをまわすと空飛んだりとかって話、があったのは、どっちが先なんだろ、それとも共通意識だから同時発生もありえるのかと不思議だった。
なまけものの娘を助けてやるかわりに、魔ものがオイラの名前を当ててみな(「がたがたの竹馬こぞう」)、なんてのはイギリスの民話にもあったやつだ。
それより驚いたのは、落語の「死神」そっくりの話があった、「死神の名づけ親」ってんだが、これが元ネタなの? グリムの初出版は1812年で江戸では文化九年だっていうんだが、どうなんでしょ。
それはいいとして、この文庫にはところどころ訳者による註があるんだが、童話にはやたらと三つのおねがいとか三人の息子とか三って数が出てくることについて、グリム童話では三のつく成語が使われてるのが190篇あるなんて研究が紹介されてたりする。
たしかに三、多い。なんかそれがリフレインの多いおはなしのリズムとあわさって心地いいけど。
あと、おもしろいのは、おはなしはグリムが採集したときの語り口のまんまってのがあって、童話のむすびのお決まりの文句として、たとえば「それ、ねずみがでてきた、おはなしは、これでおしまい。」みたいな、いかにもってのはいくつもある。
「これをほんとうにしない者があったら、一ターレルずつとってやる」とか、「この話をした人はね、じぶんもそのお席に行っていたのだって、そう言ってましたよ」とかってのはいいんだが。
とんでもないのは、「このお話はまだまだつづくのですが、これを話してくだすったお祖母さまは、ものおぼえがわるくなって、あとのほうは忘れておしまいになったのです」(「泉のそばのがちょう番の女」)って、なに、そのアンチクライマックス。
おはなしのおしまいってのは、いろいろあるけど、めでたしめでたしが多いんだが、ひとつ私の気に入ったすごいのがあって。
魔ものが男を助けてやって、三姉妹にひきあわせると、例によって一番上と二番目は男のこと見抜けずに、末の心やさしい娘が男をおむこさんにする。
みすぼらしいカッコしてた男が実は立派なひとであったことを知って姉二人は自殺しちゃうんだけど、そこで魔ものが出てきて、おむこさんに向かって
「どうだい!おまえの魂一つのかわりに、二つの魂がおれのものになったぞ」(「熊の皮をきた男」)
って言うんだけど、それ怖すぎ、こどもには聞かせられないでしょ。
(いつも短編集とかだとタイトルこの下に並べるんだけど、248篇もあるんで、やめとく。)
河合隼雄さんの本を読んで、そーかーグリム童話いちど読まなきゃ、って思ったわけだが。
幸い今年の一月だったか、古本屋で五冊そろいで文庫を買えた、セットで1000円、おてごろ。
なかなか読むの進んでかないもので、順番にポツポツやって、ようやく最近読み終わった。
感想がどうとかってものぢゃないが。
似たような話は並べてあったりして、そうか、いろんなバージョンあったりすんだ、って今さら知ったとこはある。
「千夜一夜物語」にあった話、たとえば木馬のネジをまわすと空飛んだりとかって話、があったのは、どっちが先なんだろ、それとも共通意識だから同時発生もありえるのかと不思議だった。
なまけものの娘を助けてやるかわりに、魔ものがオイラの名前を当ててみな(「がたがたの竹馬こぞう」)、なんてのはイギリスの民話にもあったやつだ。
それより驚いたのは、落語の「死神」そっくりの話があった、「死神の名づけ親」ってんだが、これが元ネタなの? グリムの初出版は1812年で江戸では文化九年だっていうんだが、どうなんでしょ。
それはいいとして、この文庫にはところどころ訳者による註があるんだが、童話にはやたらと三つのおねがいとか三人の息子とか三って数が出てくることについて、グリム童話では三のつく成語が使われてるのが190篇あるなんて研究が紹介されてたりする。
たしかに三、多い。なんかそれがリフレインの多いおはなしのリズムとあわさって心地いいけど。
あと、おもしろいのは、おはなしはグリムが採集したときの語り口のまんまってのがあって、童話のむすびのお決まりの文句として、たとえば「それ、ねずみがでてきた、おはなしは、これでおしまい。」みたいな、いかにもってのはいくつもある。
「これをほんとうにしない者があったら、一ターレルずつとってやる」とか、「この話をした人はね、じぶんもそのお席に行っていたのだって、そう言ってましたよ」とかってのはいいんだが。
とんでもないのは、「このお話はまだまだつづくのですが、これを話してくだすったお祖母さまは、ものおぼえがわるくなって、あとのほうは忘れておしまいになったのです」(「泉のそばのがちょう番の女」)って、なに、そのアンチクライマックス。
おはなしのおしまいってのは、いろいろあるけど、めでたしめでたしが多いんだが、ひとつ私の気に入ったすごいのがあって。
魔ものが男を助けてやって、三姉妹にひきあわせると、例によって一番上と二番目は男のこと見抜けずに、末の心やさしい娘が男をおむこさんにする。
みすぼらしいカッコしてた男が実は立派なひとであったことを知って姉二人は自殺しちゃうんだけど、そこで魔ものが出てきて、おむこさんに向かって
「どうだい!おまえの魂一つのかわりに、二つの魂がおれのものになったぞ」(「熊の皮をきた男」)
って言うんだけど、それ怖すぎ、こどもには聞かせられないでしょ。
(いつも短編集とかだとタイトルこの下に並べるんだけど、248篇もあるんで、やめとく。)