北杜夫 昭和40年 新潮文庫版
前回から、ゴーストつながり。(冗談)
少しずつ読み返すことにした、北杜夫の、小説。持ってるのは昭和56年の29刷。
サブタイトルは、「―或る幼年と青春の物語―」で、高校生(旧制)になった青年が、幼年期や少年期をふりかえった態。
とくに何かすごいストーリーというわけでもないが。
医者の家の大家族の生活とか。
ちょっとドジなヘンな叔父さんとか。
昆虫、特に蝶に惹かれて、追いかけた少年期とか。
生のとなりにすぐある死に気づかさせれるとか。
ときどき自分の身体や思考が自分のものか信じられなくなるような感覚とか。
なんか、そういうのがいっぱいで、北杜夫の小説にその後も出てくるようなものがギュッとつまってるような感じがした、実にひさしぶりに読み返してみて。
で、昔読んだときは、きっと意識してなかったと思うんだけど、なんか淡々とした周囲の風景の描写みたいなものが、とてもいいなあと今回思った。
>実際、滝壺のあたりはこまかい飛沫がたちこめて白く霞み、風にのってつめたい微粒子が僕たちの立っている箇所へ吹きつけられてくるのだった。足元の岩からにぶい地ひびきが伝わってきた。あたりの植物はすっかり濡れしょぼれ、こまかい葉をぶるぶるとそよがせた。すると、その濡れた緑がそこから溶けだして、白く霞んでいる滝壺のほうへ流れだしてゆくように見えた。
とか、
>あたりには落葉松の幹がすなおにのび、あたらしく伐採された切株から木屑の匂いがながれてきた。こまかい針葉のあいだをくぐりぬけてきた青みがかった光のなかを、ちらちらと忙しくセセリチョウのたぐいが飛んでいた。あたかもその微細な濃褐色の翅はその濾された陽光をうけるために存在し、また陽光もこの地味な鱗粉にたわむれるためにふりそそいでいるように思われた。
とか、
>ちょうど梅雨の季節であった。たれさがった灰色の空の一隅がちょっぴり切れて、さわやかな水色がのぞきさえすればもう初夏がくるのに、それでもどうしても雲がひらかないという、あの抑制されたおもくるしい季節のひと日であった。
なんていう、そういうの。
リズムもよくて、うまいなあと思う。
前回から、ゴーストつながり。(冗談)
少しずつ読み返すことにした、北杜夫の、小説。持ってるのは昭和56年の29刷。
サブタイトルは、「―或る幼年と青春の物語―」で、高校生(旧制)になった青年が、幼年期や少年期をふりかえった態。
とくに何かすごいストーリーというわけでもないが。
医者の家の大家族の生活とか。
ちょっとドジなヘンな叔父さんとか。
昆虫、特に蝶に惹かれて、追いかけた少年期とか。
生のとなりにすぐある死に気づかさせれるとか。
ときどき自分の身体や思考が自分のものか信じられなくなるような感覚とか。
なんか、そういうのがいっぱいで、北杜夫の小説にその後も出てくるようなものがギュッとつまってるような感じがした、実にひさしぶりに読み返してみて。
で、昔読んだときは、きっと意識してなかったと思うんだけど、なんか淡々とした周囲の風景の描写みたいなものが、とてもいいなあと今回思った。
>実際、滝壺のあたりはこまかい飛沫がたちこめて白く霞み、風にのってつめたい微粒子が僕たちの立っている箇所へ吹きつけられてくるのだった。足元の岩からにぶい地ひびきが伝わってきた。あたりの植物はすっかり濡れしょぼれ、こまかい葉をぶるぶるとそよがせた。すると、その濡れた緑がそこから溶けだして、白く霞んでいる滝壺のほうへ流れだしてゆくように見えた。
とか、
>あたりには落葉松の幹がすなおにのび、あたらしく伐採された切株から木屑の匂いがながれてきた。こまかい針葉のあいだをくぐりぬけてきた青みがかった光のなかを、ちらちらと忙しくセセリチョウのたぐいが飛んでいた。あたかもその微細な濃褐色の翅はその濾された陽光をうけるために存在し、また陽光もこの地味な鱗粉にたわむれるためにふりそそいでいるように思われた。
とか、
>ちょうど梅雨の季節であった。たれさがった灰色の空の一隅がちょっぴり切れて、さわやかな水色がのぞきさえすればもう初夏がくるのに、それでもどうしても雲がひらかないという、あの抑制されたおもくるしい季節のひと日であった。
なんていう、そういうの。
リズムもよくて、うまいなあと思う。