アガサ・クリスティー他/中村妙子他訳 2013年 文春文庫
これは、こないだ読んだマシスンのものと同じときに買った中古の文庫。
背のタイトル見て、そういや『厭な小説』って読んだなあって思い出したんだけど、厭なものわざわざ読むことあるまいと思ったんだが。
なによアンソロジーか、って棚から出して表紙見てみたら、著者名が並んでて、そんなかに「マシスン」って文字を見つけちゃった。
表紙めくってカバー袖のところみたら、収録作品に「赤」マシスンとあって、たいして数読んでないのに記憶定かぢゃないが、たぶん読んだことないだろ、と思って買うことにした。
マシスンだったら厭な話書くだろうな、こいつは見っけもんだったと、期待しながら読み進んでいったら、この本に収録されてるマシスンは、リチャード・クリスチャン・マシスンといって、「父は名匠リチャード・マシスン」って紹介されてた、なんだ別人か。
と思ったんだが、文庫でわずか4ページのボリュームのこの作品が、まあ何と厭なこと厭なこと、結末までたどりついたとこですぐまた読み返しちゃった。
お目当てのマシスンではなかったが、厭になる期待は十分満たしてくれました。
収録作は以下のとおり。
どんな話か記憶のためメモしときたいけど、厭な物語のあらすじ紹介したりするのは厭なので、書き出しのあたりのとこ少し抜き書きしとく。
(なんつーか、どれも概して語り始めはそんな厭な感じをさせてないんだよね、それが常套手段戦略なのかな。)
「崖っぷち The Edge」アガサ・クリスティー/中村妙子訳
>クレア・ハリウェルは三十二歳。(略)美人というのではないが、さわやかな、気持ちのいい物腰、いかにもイギリス人らしい人柄で、誰からも好かれており、あんな感じのいいひとはいないとみんなが口をそろえて褒めちぎった。
「すっぽん The Terrapin」パトリシア・ハイスミス/小倉多加志訳
>ヴィクターはエレベーターのドアがあいて廊下に母親のせかせかした足音が聞こえると、パタンと本を閉じ、ソファーのクッションの下に押し込んで隠した。
「フェリシテ Félicité」モーリス・ルヴェル/田中早苗訳
>彼女はフェリシテという名前だった。貧しい女で、美人でもなく、若さももう失われていた。
>夕方、方々の工場の退け時になると、彼女は街へ出て、堅気女らしい風でそぞろ歩きをした。
「ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ Night They Missed the Horror Show」ジョー・R・ランズデール/高山真由美訳
>もともとの予定どおりライブインシアターに行っていたら、こんなことはいっさい起こらなかったはずだ。しかしレナードはデートでもないかぎりドライブインシアターに行くのはいやだったし、《ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド》の噂は聞いていて、黒人主演の映画だと知っていた。
「くじ The Lottery」シャーリイ・ジャクスン/深町眞理子訳
>六月二十七日の朝はからりと晴れて、真夏のさわやかな日ざしと温かさに満ちていた。花は一面に咲き乱れ、草は萌えたつ緑に輝いていた。十時近くになると、村人たちは郵便局と銀行とのあいだの広場に集まりはじめた。
「シーズンの始まり Otkrytie sezona」ウラジーミル・ソローキン/亀山郁夫訳
>セルゲイは、沼地をうねうねと這う、辛うじて見分けがつくほどの細道に足を踏み入れたが、クジマ・エゴールイチは注意をうながすように彼の肩を止めた。
>「だめだよ、セリョーシ、ここは通らないほうがいい」
>「どうしてです?」セルゲイが振り返って訊ねた。
「判決 ある物語 Das Urteil: eine Geschichte」フランツ・カフカ/酒寄進一訳
>日曜日の午前中、この上なく麗しい春の日のことだった。年若い商人ゲオルク・ベンデマンは、二階の自室で机に向かっていた。(略)
>彼は友のことを思った。家でくすぶっていることに忸怩たる思いを抱いた友は数年前、文字通り逃奔するようにしてロシアへ旅立った。
「赤 Red」リチャード・クリスチャン・マシスン/高木史緒訳
>彼は歩きつづけた。
>今日は不快で暑く、彼は額を拭った。さあ、もう二十フィート、そうすればもっと先まで行ける、神様、感謝します。どうにか最後までやりとおせそうです。歩調があがり、息が重くなった。彼は必至で進んだ。やりとげるのだという自分への誓いを反芻しながら。
「言えないわけ Like a Bone in the Throat」ローレンス・ブロック/田口俊樹訳
>公判が続くあいだ、毎日ポール・ダンドリッジは同じことを繰り返した。スーツにネクタイという姿で傍聴席のまえのほうに陣取り、妹を殺した男を何度も何度も見やった。
「善人はそういない A Good Man is Hard to Find」フラナリー・オコナー/佐々田雅子訳
>祖母はフロリダへいきたくはなかった。それよりも東テネシーの親類を訪ねたくて、ベイリーが気を変えないかと、ことあるごとに口説いていた。ベイリーは同居している一人息子だ。(略)「ここ見てごらん、ベイリー」祖母はいった。「ここのところ、読んでごらん」片手を痩せた腰にあてがって立ち上がると、もう一方の手に持った新聞を息子の禿げあがった頭のそばでガサガサ振りたてた。
「うしろをみるな Don't Look Behind You」フレドリック・ブラウン/夏来健次訳
>まあ楽に座って、ゆっくりくつろげばいい。そしてこの話を愉しむといい、あんたがこの世で読む最後の小説になるんだから。そういってもいいすぎじゃない。これを読み終えると、いっときはそのままもう少しじっとしているだろうが、そのうちに自分になにか言い訳して、そわそわと家のなかをうろつかずにはいられなくなるはずだ。