kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

徐々に負荷を増やす

2011-11-17 | 陸上競技
水曜日、いつも通りサーキットから始めて終了後少し話をしました。日誌のことについてです。簡単なことをやろうといっているだけなのですがそれをきちんとやらない。これで本当にやっている意味があるのか?互いの信頼関係を築いていくためには約束事を守っていく事が大切です。口で言うだけなら誰でもできる。これがきちんと行動に移せないというのはまだまだ本当に目指しているものがあるとは思えませんね。かなりきつい話をしましたがこれがどれだけ分かるかですね。

練習は先週と同じ流れで。一歩ハードル、2歩ハードルをやったあとにピッチアップドリル。今課題にしている部分の練習です。私はクラスに指示を出してから練習に行きました。調度ピッチアップドリルの時に練習に参加できました。練習を始めて1週間半、何となくやろうとしていることが分かってもらえたのかなという感じですね。走れなかった時期を乗り越えつつある女子エース、久々に良い動きをしていました。夏の練習が全くといっていいほど出来ていませんからから走れないのは当然です。これからが本当の練習になるだろうなという感じですね。

この日もバトン走をやってから走練習へ。水曜日、土曜日と走ってきての練習です。時間の関係で土曜日よりも1セット減らしましたがそれ以外の本数は全て同じにしました。前回との比較が自分の中でしやすいでしょうから。これまでは3セット同じメニューでやっていって少しずつ走れるようになっているのが実感できるような形にしていました。今年は少し変えているので様々な形で走れるようになっていることを感じてもらえたらと思っています。

短短と短長に分けてやっていますが女子の短短は男子の短短とは変えて少し多目に設定しました。力を使いきれない部分があるので女子はあえて変えています。かなり負荷は高いと思います。それでも越えなければいけない壁があると思っています。最後まで気を抜かせないようにしっかりと走らせました。

練習に慣れてきたのもあって予定していた時間よりもかなり早めに終わりました。先週よりも量的なものは増えているのですが効率が良くなってきている感じがあります。そのため補助的な練習が導入できました。走る練習がメインですがこういう負荷を疎かにはできません。スキップ走と大股歩行をやりました。昨年は途中から時間がかかりすぎて省略されてしまいましたが必要な練習だと思いますね。

こうやって自分と向き合うような練習は大切です。特にこの日は練習開始前に目標についての話をしています。「怒られたからダメだ」と後ろ向きの練習をしているようでは絶対に強くはなれません。当然の話です。そういう声かけをしながら見ていました。

7時には練習終了。かなり計画通り出来るようになってきました。時間を短縮していけるような取り組みをしていきたいですね。
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日誌と日記

2011-11-17 | 陸上競技
水曜日、時間を作り日誌にコメントを書きました。陸上部の顧問になってからずっと日誌にはコメントを書いてきました。時には選手の日誌よりも書く量が多いくらいのコメントもありました。日誌は使いようによっては本当に成長する大きな材料になります。逆に書くだけの日誌では意味がありません。自己満足というか「書け」と言われているから書くというだけの話です。これが自分のために書く日誌になれば非常に効果があります。

うちの運動部ではかなりの部活で日誌を提出します。しかし、この日誌にどれだけの意味があるかはいつも疑問に思います。うちも同じですが。なぜなら「書くだけ」の日誌になっているからです。人によってはその日の朝、練習に来て部室でとりあえず書くという者もいます。これほど無意味なものはありません。それも殴り書き。まーこういう選手はどれだけ話をしても入らないですね。相関関係はかなりあると思います。日誌を「書かされている」という気持ちがあるから、練習も「やらされている」と感じるし注意を受けたら「自分は悪くない」と責任転嫁する。よくあるパターンの話です。

日誌が日記になるパターンも良くありません。その日にあった出来事をただひたすら書く。やった練習を時系列に書くだけ。こんな練習をした、こんなことをやったと書くだけ。きついけど意識して取り組んだ。これは全くとは言いませんが日誌の効果は低いですね。特に自分の行動を振り返るのではなく「やったことを書く」という部分で満足をしてしまっているからです。行動の振り返りがありません。自分のためにプラスにならない日誌であれば本当に書く意味はありません。練習の質と日誌の内容は比例します。本当に強くなろうという気持ちがあれば日誌にきちんと現れてきます。自分自身が強くなるためにそれを用いるのです。どれだけ言っても本当の意味が分からない選手はいます。本当にもったいないですね。

ミーティングを続けてきて日誌には「目標」をきちんと書くように指示をしました。まー当たり前の話ですね。しかし、まだ日誌がきちんと書けない者がいます。「日誌に毎日目標を書く」という簡単な約束事です。口でどれだけ「強くなりたい」と言ってもそれに行動が伴わない限りは実現する可能性は低い。当然の話です。また、「目標を書くだけ」になっている者もいます。「書けばいい」と思っているのです。目標を書く時に「どうすれば目標を達成できるか」を考えながら書く。そうやって自分自身が目標を達成したイメージを持つのです。それが目標の実現に近づく。この日の日誌にを見てみると前日と目標タイムが変わっていた者が2人いました。1人は前日の日誌に私が目標値を書きました。そこまで届くであろうという感じがあるからです。そのコメントに合わせて目標が変わっていました。きちんとイメージして書いているのです。しかし、もう一人は「書くだけ」になっていました。前日までのタイムと比べて大きくタイムが変わっています。間違いなく書き間違いです。書き間違いは誰にでもある。しかし、本当に目標をイメージして書くのであればあり得ない話だと思います。400mのタイムで2秒変わっていました。本当にその記録を目標に掲げたのかもしれません。どう考えても不自然な記録の設定です。考えないといけないと思いますね。

日誌は自分の「心」の動きを示すもの。そう考えて指導しています。書けばいいという感じであればこれには意味がありません。日誌の中身の指導というのはどれだけ必要なのか、必要性を感じているのかは指導者によって違うと思います。私はかなり重視しています。強くなってくるに従って日誌の中身が大きく変わってくる選手はたくさんいます。逆に日誌の中身が変わらないといつまでたっても同じ。誰のための日誌なのかを考えないといけないですね。

目標を掲げるのであればそれに見合った努力が必要になる。当然の話です。それを怠って目標達成はできません。やると言ったからには必ずやる。それしかないと思います。自分言葉には責任を持つ。日誌で少しのこととはいえこれを許していたら今後大きなことも許してしまうことになります。小さなことをしっかりと指導していく。伝わりづらいかもしれませんが時間をかけてやっていきたいと思います。
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