照る日曇る日 第1298回
デザイナーの篠原善太郎氏から恵送された歌集を謹んで拝読しました。作者は夜に働くタクシードライバーらしく、
縁ありて品川駅まで客とゆく第一京浜の夜景となりて
ラジオから流れるる歌声ことのほか力強かり「この世の花」よ
というような印象的な秀歌が冒頭を飾っていますが、真ん中へんに並んでいる老いたる父母の歌に私は心を打たれた。母親はどうやら認知症の症状があるらしく、父親も胃の手術を受けられたようです。
もう帰る?今日も母から言はれつつ仕事に出掛ける夜の街へと
あとどれ程生きられるだらう穏やかな死顔のやうに眠れる母は
切り取られ無様な肉の塊となりたる父の一部なりしもの
ありがたうだけは幽かに聞き取れてわづかに父の片手が動く
さらに進んで、
ブント、かくさ、革命戦線、週刊誌にエロ記事と並ぶ過去の言葉は
ぬひぐるみ着てへんな歌に踊りゐし人の末路に出会ふ歳月
のような社会詠をみつけるとなぜか安心してしまうのは私だけだろうか。最後に「殺しても」という連作の中から何首かを挙げておきませうか。
人間を殺してもいいその人がもし戦場の敵兵ならば
殺してもやむを得ぬかもその人があなたの命を取らむとすれば
殺してもいいらし確かに生きてゐる小さな命生前なら
人間を殺せるだらうか本当に人殺しといふ自分を受け入れ
飛行機雲は雲にはあらず長月尽 蝶人