照る日曇る日第1798回
19世紀末英国のデカダン世紀末詩人、作家アーネスト・ダウスン(1867-1900)の所産を、要領よく収録した文庫本です。
イギリス人なのにラテン語と仏蘭西語を得意としたダウスン選手は、当時もかなりユニークな文学者だったようですが、気の毒なことに、結核と飲酒で33歳で夭折してしまいました。
彼のもっとも有名な詩編は、妖艶な娼婦との運命的な恋を謡った、「我は良きシナラの支配を受けし頃の我にはあらず」という長ったらしいラテン語の題名を冠した詩編で、南條選手はこの作品をなんと文語と口語で2度も翻訳されているほどですが、おらっち何回読んでもそれほど感動することが出来なかったのは誠にザンネンなことでした。私見ではこの詩人の詩よりも短編の方に詩味が感じられます。
それはさておき、欧州の文学的の人士の人口に広く深く膾炙したこの「シナラ」についての南條氏の解説を読んでみると、その大元はホラチウスの書簡詩から霊感を受けたダウスン選手が書き下ろした本作のようです。
そして例えばその遠い余波が、キング・ヴィダー監督が1932年に撮った「シナラ」という映画で、シナラ的美女のドリスによろめいて健全な夫婦生活を崩壊させて紳士の哀れな姿を描いたこの白黒映画の原作は、ロバート・ゴーア・ブラウンの手になる小説「不完全な恋人」と同名のお芝居なんだそうです。
鴎外の史伝小説の真似をして、このシナラ伝説をリサーチすれば、もっともっと数多くのシナラ物が、世界中の文芸、演劇、映画界で蠢いていることが判明するに違いありません。
名は同じ芳香剤でも許せない芳香と許せるのとがある 蝶人