澁澤龍彦著「澁澤龍彦全集第22巻」を読んで
照る日曇る日第1811回
澁澤龍彦(1928-1987)の代表作で、遺作でもある歴史冒険ファンタジー長編小説「高丘親王航海記」を中軸に、著者晩年のエッセイ、松山俊太郎、巌谷國士による解題などを収めた充実の1冊である。
死病と戦いつつ作者は、平城天皇の第3皇子でありながら「薬子の変」で皇太子から降下して親王となったわれらが主人公をば、唐天竺どころか広大無辺の陸海空、いな浪漫的な作家の大脳前頭葉の遥か彼方に放浪させ、ついにマルコポーロの東方見聞録、イブンバトゥータの世界大旅行記に匹敵する地歴&精神世界漫遊記をモノしたのである。
じっさいの高丘親王に関する史実は、わずか十数行で尽きてしまうにもかかわらず、汗牛充棟只ならぬ古今東西の文献を博捜し、空想幻想妄想の限りを尽くして創造された本作は、現代浪漫小説の頂点に輝く名作というても過言ではないだろう。
さりながら、その後に書かれたエッセイの中にも、逸すべからざる佳作があって、かつて作者が20年近く住んでいた、鎌倉の東勝寺付近の滑川の美しい景勝や、その8畳間の寓居を訪れた三島由紀夫、横尾忠則、池田満寿夫、唐十郎などの思い出を軽くなぞった「東勝寺橋」の味わいなどは、かえって心に深くしみるものがある。
信長が天守閣から眺めたる血の色滲む満月を妻と並びて暫く眺む 蝶人