歌舞伎「一谷嫩軍記」「春興鏡獅子」 (10月6日 東京・国立劇場)
今回の上京の目的のひとつが歌舞伎観劇。自分は生まれて初めての歌舞伎体験だ。本当は新装なった歌舞伎座での公演をと思っていたが、下調べをしている時にどこかのブログで(失念失礼)、歌舞伎は筋や話の人間関係が分かりにくいものが多いが、ひいきの役者のPV(プロモーション・ビデオ)作品のようなものとして観劇するという見方でもいいと助言してくれていた方が居て、初心者だし、それならば知っている役者が出ている方が楽しめるかなと、以前に著書を何冊か読んだことのある中村幸四郎、市川染五郎が演ずるこの公演を選んだ。
銀座からバスに乗り、三宅坂で降りて劇場へ。着物を召した方が多く、気分が盛り上がる。正午の開演とあってすでに弁当をパクついている方も多い。安い値段の席でだいたいの場所は事前に分かっていたが、改めて座席を確認すると前から実質4列目の花道横という素晴しい席だった。花道の外側の席は通称「ドブ席」といい、役者が背を向ける事が多いから安いのだとか。へぇー、こんなにいい席なのに。一応イヤホン・ガイドも購入し席に着く。そして待望の幕が上がった。
まず義太夫節の迫力がすごい。生の唄と三味線の音が会場内に響き渡り、会場は一気に別世界へ。この迫力ある音が両耳から聴けないのはつまらなく、せっかくお金を払ったのだが、すぐにイヤホン・ガイドは外してしまった。花道から役者が登場すると、自分の脇を駆け抜けていく感じなので、これも大迫力。見得を切る時には自分の真上のような感覚で、役者の汗や荒い息遣い、そして台詞が上から降ってくるような感覚に襲われる。マイクで拾ったのではない役者の生の声の迫力あること。
あっという間に幕間になり、遅い昼食を。この日は折角の初歌舞伎観劇だからと創業・嘉永3(1850)年の仕出し弁当の老舗、日本橋の「日本橋弁松総本店」で定番の弁当「並六」を予約してあった。秋らしくご飯は松茸ご飯。HPに「濃ゆい味」と記述するだけあって、しっかりとした味付けの弁当らしいおかずとこの季節ならではの松茸の風味を楽しんだ。最後には甘い豆きんとんがデザート代わり。あっというまに幕間の30分が終わり、席へ戻る。
陣門~組討、そしてクライマックスの熊谷陣屋へと話は進み、自分の子を差し出さねばならなかった無情を嘆く熊谷次郎直実(松本幸四郎)の演技が、染五郎と親子共演しているだけに真に迫ってくる。いやぁ、面白い。事前にある程度話の知識を得て臨んだので、ガイド無しでも戸惑うことなく楽しむことが出来た。テレビでしか見たことがなく、これまであまり興味が持てなかった歌舞伎をこんなに楽しめるとは思わなかった。
(※後日談になるが、同公演中、花道を馬(黒子)に乗って登場する場面で幸四郎が落馬し、観客席に落ちたとの事。幸い怪我無く無事だったとの事だが、真下で見ていた者とすると、あの甲冑を着たまま、あの高さから落ちて怪我がなかったのは奇跡だと思う。)
次の演目は「春興鏡獅子」。染五郎が女形・小姓弥生を演じ、その息子・松本金太郎と中車(香川照之)の息子・市川團子が蝶の精となって共に舞う。色っぽい女形と微笑ましい蝶の精、それに獅子の精に取り憑かれた荒々しい踊りの対比が面白い。
あるきっかけがあって歌舞伎を見てみようと思ったのだが、実際に観る前まではあの厚化粧で、しかも演出は違えど過去と同じ演目を演って、どうやって役者の色を出すんだろうと思っていたが、劇場で観ると表情や息遣いの隅々まで感じる事が出来るので、舞台に出た時に役者によって舞台上の雰囲気まで変わってしまう事が分かる。「華」があるとかってこういうことなのかな。こうなると他の役者も観てみたくなる。舞台装置としての花道それ自体も面白いし、音楽の生演奏だけとっても面白い。どうもハマってしまったようだ。
並木宗輔=作
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」 二幕三場
陣門・組討・熊谷陣屋
国立劇場美術係=美術
序 幕 須磨浦陣門の場
同 浜辺組討の場
二幕目 生田森熊谷陣屋の場
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福地桜痴=作
新歌舞伎
「十八番の内 春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」 長唄囃子連中
国立劇場美術係=美術
(出演)
松本 幸四郎
中村 魁春
市川 染五郎
中村 松江
市川 笑也
大谷 廣太郎
松本 金太郎
市川 團子
大谷 廣松
澤村 宗之助
松本 錦吾
市川 高麗蔵
大谷 友右衛門
市川 左團次