アメリカのメジャーリーグのサイ・ヤング賞にあたる日本の最優秀投手の賞は沢村賞ということになります。この賞の名前になっている沢村元投手は巨人に在籍して、戦前のプロ野球を支えた速球派の投手です。
ただ、沢村投手が想像以上に美化されたことで、この沢村賞はなかなか本来の最優秀投手賞の役割を果たせませんでした。まずは、初期の沢村賞はセリーグの投手だけが受賞対象だったことです。
確かに沢村投手は巨人に在籍していましたが、正直セリーグの投手のみが表彰対象という根拠は今考えると薄いです。野球が2リーグに分かれたときは、セリーグとパリーグの仲は悪かったようですが、その名残なのかもしれません。
ようやくパリーグの投手が沢村賞の対象になったのは、1990年に新人ながら最多勝と奪三振王になった野茂英雄元投手が最初です。この年の野茂の活躍は沢村賞にふさわしいもので、ようやく最優秀投手の役割を果たしたかなと思います。
しかし、1998年のシーズンに一大議論を呼ぶ出来事がありました。それは、その年にほぼパーフェクトリリーフだった佐々木主浩元投手の活躍でした。確かに、横浜ベイスターズの日本一に大きな貢献のあった彼は最優秀投手ならふさわしい活躍でしたが、沢村賞は先発投手の賞というイメージが邪魔をします。
結局、佐々木は沢村賞は取れず、その後は沢村賞は「先発投手、速球派投手」という注釈がつくことになります。今年の沢村賞は涌井投手(西武)でした。16勝6敗という成績は、最多勝を取っているとはいえ、普通の年なら去年の岩隈のようにもっと活躍する投手が出るはずですが、今年は大本命ダルビッシュの故障でフル稼働した投手が涌井だけだったのが、この賞につながりました。
今年は、WBCの年だったので、WBCに出場した選手の中ではオリックスの小松投手のように大きくコンディションを崩した例もあります。それを切り抜けて、リーグを代表する投手の地位を確立した涌井には、拍手を送るべきかなと思います。
ただ、沢村投手が想像以上に美化されたことで、この沢村賞はなかなか本来の最優秀投手賞の役割を果たせませんでした。まずは、初期の沢村賞はセリーグの投手だけが受賞対象だったことです。
確かに沢村投手は巨人に在籍していましたが、正直セリーグの投手のみが表彰対象という根拠は今考えると薄いです。野球が2リーグに分かれたときは、セリーグとパリーグの仲は悪かったようですが、その名残なのかもしれません。
ようやくパリーグの投手が沢村賞の対象になったのは、1990年に新人ながら最多勝と奪三振王になった野茂英雄元投手が最初です。この年の野茂の活躍は沢村賞にふさわしいもので、ようやく最優秀投手の役割を果たしたかなと思います。
しかし、1998年のシーズンに一大議論を呼ぶ出来事がありました。それは、その年にほぼパーフェクトリリーフだった佐々木主浩元投手の活躍でした。確かに、横浜ベイスターズの日本一に大きな貢献のあった彼は最優秀投手ならふさわしい活躍でしたが、沢村賞は先発投手の賞というイメージが邪魔をします。
結局、佐々木は沢村賞は取れず、その後は沢村賞は「先発投手、速球派投手」という注釈がつくことになります。今年の沢村賞は涌井投手(西武)でした。16勝6敗という成績は、最多勝を取っているとはいえ、普通の年なら去年の岩隈のようにもっと活躍する投手が出るはずですが、今年は大本命ダルビッシュの故障でフル稼働した投手が涌井だけだったのが、この賞につながりました。
今年は、WBCの年だったので、WBCに出場した選手の中ではオリックスの小松投手のように大きくコンディションを崩した例もあります。それを切り抜けて、リーグを代表する投手の地位を確立した涌井には、拍手を送るべきかなと思います。