今年を振り返ってみて、格別に印象が強かったのはやはり野球メジャーリーグの大谷翔平選手の活躍だったのではないかと改めて思います。
春先のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも投打にわたってエース級の仕事を成し遂げたことはもちろん、その後のメジャーリーグでも日本人で初めてのホームラン王に輝き、投げては二桁勝利と本場メジャーリーガーたちも脱帽の一年でした。
さらに古巣エンジェルスに別れを告げて、より大舞台を目指せる球団として同じロサンゼルスながらドジャースへFAで移籍。
その契約額が10年間で7億ドル(1ドル=145円換算で約1015億円)というこれまでのメジャー最高額だったことも驚きですが、さらにはその大半を繰り延べして契約終了後にもらうことにして、これからの活躍の時期には大谷にしては非常に安い年俸でプレーすることになります。
この「繰り延べ払い」については、あまり大谷が年俸をもらいすぎるとチームとして払う総額の契約金に対するぜいたく税がチームに課され、その結果ほかに有力な選手の獲得のために使えるお金が減ってしまうことを心配して大谷サイドから提案されたものだとのこと。
大谷にすれば、自分が我慢することで有力な選手がチームに加わってくれればそれだけチーム力が向上してワールドシリーズでの優勝の可能性が高まるという思いがあるのだろう、とマスコミは書いていますが、「チームへの気遣い」とすればちょっとスケールが違いすぎる感じもします。
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ここで思い出されるのが大谷選手の母校、花巻東高校での教育です。
高校一年生の時に時の野球部の監督の指導により大谷選手が作成した「大谷曼荼羅シート」は有名ですが、そこには最終目的である「ドラフト1位指名8球団」をかなえるために八つのより細かい必要条件が書かれています。
そしてその一つが「人間性」ということで、それを構成する8つの必要事項として「計画性・感謝・継続力・信頼される人間・礼儀・思いやり・完成・愛される人間」を掲げています。
まあ高校一年生という年齢でよくぞここまで自己分析をして目標のための計画を作成し、それを実行できているものだと感心するばかりですが、改めて強く思うのが、この花巻東高校では学校の方針の一つとして「報徳思想」を掲げていることです。
報徳とは江戸時代晩期の農村指導家であった二宮尊徳が行った村々の立て直し実践方法です。
主君であった小田原藩主大久保忠真(おおくぼ・ただざね)公が「そちのやり方は論語に言うところの『以徳報徳(いとくほうとく=徳をもって徳に報いる)』であるな」というお褒めの言葉に感動して、以後自分でも「報徳仕法」として用いるようになったもので、二宮尊徳のまちづくりの進め方を表す表現です。
そしてこの報徳を少しでも勉強したものが、報徳の教えを掲げる花巻東高校を卒業した大谷翔平選手の振る舞いを見れば、決して気遣いとか人に優しい、などという表現ではなく、(ああ、これは推譲(すいじょう、という徳目)だな)とわかります。
疲弊した村を救うために村民を指導した尊徳は、人々に四つの徳目を示しています。
それは「至誠・勤労・分度・推譲」というもので、誠/まごころを尽くして、真面目に働き、分をわきまえて、自分の余裕は他に譲れ、というのがこの四つの徳目です。
花巻東高校が自校を紹介する中では「3つの柱」として勤労・分度・推譲が示されていますが、一般には四つの徳目と言われています。
【花巻東高校のホームページより】
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これらの徳目の中でも特に「推譲」は報徳の特徴的な考え方です。
その前提として「分度」という、分をわきまえることが求められていて、稼ぎが少なければ分をわきまえてその稼ぎよりも少なく使うことで余剰を生むだろうということがあります。
そうやって生み出した余剰は、自分自身では「今日使ってしまわずに明日に推譲する」ということだし、「今年作った米を今年のうちに消費してしまわずに来年に推譲する」、その考えを広げて行けば、自分の余っているものを子孫に推譲し、他人に推譲し、郷土に推譲し、国家に/世界に推譲するところまで行きつくでしょう。
実際に大谷選手が、日本の全ての小学校にグローブを寄付したこととか、背番号を譲ってくれたドジャースの選手にポルシェをプレゼントしたことなどを、お金持ちの寄付と捉える向きもありますが、報徳を理解していればそれらは「推譲」という概念でストンと腹落ちします。
尊徳さんは「推譲をすることで人間は安寧の心を得られ、幸せが得られる」と言います。
大谷選手のような巨額の富を使った推譲ももちろんすばらしいのですが、庶民には庶民なりの推譲があるはずです。
自分の分度を定めて生まれた余裕を推譲する。
その徳目の実践があれば、人口減少に悩む地域ももう一度救いの道に導けるのではないか、とすら思えます。
大谷選手に憧れるのをやめましょう、実践の徳目は誰にも開かれています。
あとは実践するかしないか、の違いだけなのです。
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