尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「独裁者」を退けた住民投票

2015年05月18日 20時52分48秒 | 政治
 いわゆる「大阪都構想」をめぐる大阪市の住民投票が終わった。周知のように、「反対」が705,585票で、「賛成」の694,844票を上回った。わずか、10,741票差である。これほど僅差になるとは思わなかった。もう少し反対が多くなるかと思ったのだが、やはり最後の追い上げがあったのだろう。橋下市長、維新側は最後には、事実上、橋下市長の「信任投票」に持ち込んでいた。例えば、「維新の党」の江田代表は、16日に大阪市内で、「橋下徹を見殺しにしないでください」と演説した。NHKの出口調査では、今でも市長の支持率は不支持を大きく上回っている。そんな「橋下人気」を当て込んで、都構想がよく判らない人も市長人気で賛成票を入れてくれということだろう。

 だけど、僕は最終的には反対が勝つと思っていた。というのも、ちょうど関西に来ていた安倍首相が大阪を素通りしていたからである。前日の土曜日(16日)、午前中は今さらの阪神大震災20年で神戸へ行き(覚えていると思うが、1月17日には、中東を訪問していたのである)、午後は大阪を通り過ぎて高野山を訪れ、白浜温泉に泊った。日曜日には熊野を訪問していた。賛成が勝つと確信していたなら、党内の反対を押し切り大阪に寄り道して、橋下支持を打ち出していたのではないかと思うのである。そういう「ハプニング」がなかったから、少なくとも賛否は拮抗しているんだろうなと思っていた。

 もともと反対が多いという世論調査はあったが、賛成は投票に行くが、反対のためには行かない人もいるだろう。何だかよく判らないという人は棄権に回る場合もあるだろうから、調査結果より僅差になるとは思っていた。数日前のブログでは「結果は予断を許さない」と書いておいた。予想通りではあるが、NHKで開票を見ていたら他のことをできなくなるくらい、緊迫した開票状況だった。「賛成」「反対」だけだから、さすがにどんどん開票が進み、見ているうちに票数が変っていく。それがどの段階でも一万票も差がないのである。どちらかというと、賛成票が多い時間が続いていたら、何分だか覚えていないが、画面では賛成が多いのに「反対が上回ることが確実になりました」と報道した。そして、いつの間にか確定結果が出て、確かに1万票差で反対票が多かった。

 テレビで各区の開票を報じていたのを見て、これは「大阪の南北問題」だったのだなと思った。地区ごとに賛否を色分けした地図が産経新聞に掲載されているが、東北部の旭区というところが反対票が多いが、後は北の方にある区は軒並み「賛成多数」、南の区(あるいは西の区)が軒並み「反対多数」なのである。大阪は余り土地勘がないのだが、都心に当たる地区は賛成が多く、周辺地域が反対が多い。アメリカ大統領選の民主党州と共和党州のように地域がくっきり分かれている。まったく「南北問題」とでもいうしかない状況なのである。

 今思うと、もともとこのテーマは無理筋だったのだと思う。マジメに調べれば、とんでもない発想だと判ってくる。今まで橋下市政は「弱者に厳しく」「強者にやさしく」の行政を進めてきた。だから、「大阪都」を強行しようとする発想の裏に、「福祉切り捨て」を心配する人々がたくさん出てくる。(そして、実際その通りだろうと思う。)財政力が豊かな、東京で言えば千代田区に当たるような区では賛成票も出るが、そういう地帯は人口が少ない。財政力が弱い区では、自分たちが不利になると考えるのは当然である。もともと、「都構想」などは手段であって、それ自体が目的ではないはずである。それなのに、橋下市長は「都構想実現」=「大阪市廃止、特別区設置」で、それだけで「二重行政廃止」で「大阪が発展する」ようなこと、つまり手段と目的を取り違えるような発言を繰り返してきた。そんなテーマだけで数年間を空費して、本来の大阪発展に向けた議論が出来なかった。

 今回、賛否拮抗ながら「反対多数」で本当に良かったと思う。いくつか理由があるが、こういう問題は、賛成が圧倒的に多いというのでなければ結果に正当性がないと思う。一票差で賛成多数でも大阪市廃止だが、やって見てダメでも引き返せない。反対=現状維持だから、とりあえず現行システムを改良するというイメージができる。反対派が仕方ないと納得できる票差が付かなければ、納得感が出てこない。大阪市にとって、考えうる最高の「重要事項」なんだから、本来は投票総数の三分の二の賛成が必要でもおかしくない。そう考えると、そもそもこのテーマが住民投票に不向きだったんだと思う。

 もう一つ、この間、橋下大阪市長(あるいは橋下大阪府知事)は、自ら「独裁が必要」と言い放ち、極めて独断的に市政、府政を行ってきた。そのあまりにも不当な処分、不当労働行為のほとんどは、裁判で敗訴が続いている。その間、「慰安婦問題」の「暴言」など、さまざまなパワー・ハラスメント的な言動を繰り返してきた。そういう人物が推し進める「大阪都構想」が勝利してしまえば、日本の民主主義に禍根を残すところだった。「独裁」を志向する政治家でも、住民が「NO」を突き付けて退場させることができた。ここを間違えてはいけない。「大阪都」の是非、中央政界への影響なども大切だけど、一番大きな意味は、代表的なポピュリズム政治家を、民主的なシステムの中で敗北させたということである。

 さて、橋下氏はどうするんだろうか。本人は「政治家引退」を公言した。一種の「やるだけやった」「やりきった」「燃えつき」感があるのではないかと思う。運動期間中に言ってきた以上、今翻すわけにも行かないだろう。記者会見でも「サバサバ」と評される感じを僕も感じた。だけど、だから今後ずっと弁護士で生きていくだろうと思ってしまうのは早計だろう。「君子は豹変する」のである。そして、そのこと自体は僕はあっていいと思う。「豹変」の理由をきちんと説明できるかどうかだけの問題である。この人は「いくさを仕掛けて」だの「おおいくさ」だの、そういう言葉が大好き。世の中を「争いごと」「勝ち負け」で考える世界観の持ち主である。そういう人は、いずれ敗北への怒りが心中に湧き上がってくるだろうと思う。今のところは「自分の説得力がなかった」と殊勝なことを言ってるけど、やがて「官邸は支持しているのに、市議団が反対した自民党」「自分を裏切って反対に回った公明党」「自民と結託してまで反対に狂奔した共産党」などへの怒りが沸き起こってくるのではないか。

 市長任期の間はおとなしくしているかもしれないが、来年以後は「橋下前市長、大阪都挫折の裏を激白」などという週刊誌広告が出るだろう。それまでに「橋下惜別」、「これほどのエネルギッシュな政治家を失うのは日本の損失」だというムードをあおる人が多数出てくる。後はテーマだけ。僕はそれは「憲法改正」、それも「道州制」を掲げた改憲論ではないかと予想している。大阪都は実現できなかったが、それに続く「道州制」を実現することが大阪を発展させる道。それは改憲しかない。そういう改憲を実現するには自分がやるしかない。と思えば、何でもありになる。例えば、地方政党「大阪維新の会」を解党して、自民党から参議院選挙に出るとか。そのぐらいのことは想定の範囲内だろう。
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