尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

米大統領選の仕組み

2016年05月11日 22時06分16秒 |  〃  (国際問題)
 やっぱり米大統領選の事を書いてしまおう。ただし、大統領選挙の仕組みを中心に。自分が知っていることでも、知らない人もいるわけだから、時には丁寧に書いておく方がいいだろう。直前に書いた「ペテロの葬列」に出てきた豊田商事事件の話を読んで、ちゃんと伝えていかないといけないなあと思った。さて、2016年米大統領選挙(United States presidential election)は、共和党が事実上ドナルド・トランプが候補になると確定した。民主党はヒラリー・クリントンがほぼ決定だが、まだバーニー・サンダースが善戦している。

 民主党が長引いているように見えるが、2008年にヒラリー・クリントンが下りて、バラク・オバマが候補になると確定したのは、6月3日である。確かに当初はサンダースは「泡沫」扱いされていたのだから、予想を超えて善戦しているのは間違いない。その理由は今後じっくり考える必要があるが、とりあえず民主党が長引く理由がある。それは代議員の「総取り方式」を取っていないからである。

 今やっている「予備選」(あるいは「党員集会」)というのは、それぞれの党大会の代議員選出である。そして、昔はその州の代議員を、予備選で1位になった候補が「総取り」していた。今も共和党は大部分の州で「総取り」方式で行っている。もっとも当初は比例代表で分けていた。3月1日の「スーパーチューズデイ」の段階では比例なので、例えばヴァージニア州では49人の代議員を、トランプ(17)、ルビオ(16)、クルーズ(8)、ケーシック(5)、カーソン(3)と分け合っている。トランプは1位だが、過半数にはほど遠い。しかし、3月15日のフロリダ州は99人の代議員を1位のトランプが全部取った。こうしてトランプ陣営が勝利して行ったわけである。だけど、民主党は全ての州で比例で分ける。ニュースではどっちが勝ったしか報じないけど、実は両陣営とも代議員を獲得しているのである。

 さて、この「勝者総取り方式」、これが大統領選の本選のキーポイントである。そもそも世界では珍しく、アメリカ大統領選は「直接投票」ではない。州ごとに「大統領選挙人」を選んで、その大統領選挙人が集まって大統領を選ぶのである。有権者が選ぶのは、あくまでも「選挙人」の方である。こういう「間接選挙」を大統領選挙で行っている国は珍しい。そして、各州の選挙人はその州の勝者が総取りする。(もっとも、今回初めて知ったのだが、メイン州とネブラスカ州では選挙人を比例配分する。)だから、直接の投票数では上回っているのだが、結果は敗北ということもある。2000年の選挙ではアル・ゴア(民主)がジョージ・ブッシュ(共和)より得票しているのだが、獲得選挙人数では下だった。。

 その「大統領選挙人」は全部で538人。過半数は270人である。50州とワシントンDC(特別区)から選ばれる。プエルトリコやグアムなどは投票権がない。(代わりに連邦税もかからない。採決権のない代表を連邦議会に送っている。しかし、予備選は行われている。)大統領選挙人は基本的には人口比で各州に割り当てられている。多い順に見ておくと、以下の通り。(2012年)

①カリフォルニア(55人)
②テキサス(38人)
③ニューヨーク、フロリダ(29人)
⑤ペンシルベニア、イリノイ(20人)
⑦オハイオ(18)
⑧ミシガン、ジョージア(16)
⑩ノースカロライナ(15)     ここまでで240人
 10人以上の州を挙げておく。
⑪ニュージャージー(14)
⑫ヴァージニア(13)
⑬ワシントン(12)        ここまでで279人。過半数を超える。
⑭マサチューセッツ、インディアナ、ケンタッキー、アリゾナ(11)
⑱メリーランド、ウィスコンシン、ミネソタ、ミズーリ(10)

 ただし、各回ごとに人口をもとに調整されるらしく、今の数字は2012年のもので、他の年は違う。以上の重要21州で、前回ロムニー(共和党)が獲得したところは、テキサス、ジョージア、ノースカロライナ、ケンタッキー、インディアナ、アリゾナの6州だけである。10位までの州だけで見ると、オバマ189、ロムニー69となる。カリフォルニアや東部各州は民主党が強く、今回も候補が誰でも民主党が勝利するように思われる。カリフォルニアはともかく、フロリダやオハイオ(どっちも2004年はブッシュが勝利)を取り返さないとトランプは大敗するしかない。しかし、フロリダはオバマのキューバ政策が支持されるのではないだろうか。フロリダが地元のルビオや知事を務めたジェブ・ブッシュが候補なら、共和党が勝つかもしれないが。フロリダの予備選ではトランプが勝利したが、それはあくまでも共和党支持者内だけの選挙である。前回の共和党票をまとめた上に民主党から相当の票を奪わない限り、トランプ勝利はない。相当に難しいように思う。

 最後に、ここ10回の選挙の選挙人数と得票率の結果を示しておきたい。1976年に共和党のフォード大統領を、民主党のジミー・カーターが破った選挙以後である。先に書いておくと、ロナルド・レーガンの大衆的人気は圧倒的だったことが今さら思い知らされる。その「国民的人気」を共和党は湾岸戦争とイラク戦争で失って行ってしまう。今回のトランプはアイゼンハワー以来の「シロウト候補」だが、国民統合力は段違いだろう。トランプじゃなくても厳しいのに、共和党がどこまで一体的に選挙を戦えるのかは注目せざるを得ない。なお、党名の次の数字が選挙人数。カッコ内は獲得州と得票率。獲得州は50+ワシントンDCで計51となる。

1976 カーター(民)297(24、50.1%)  フォード(共)240(27、48.0%)
1980 レーガン(共)489(44、50.7%)  カーター(民)49(7、41.0%)
1984 レーガン(共)525(49、58.5%)  モンデール(民)13(2、40.6%)
1988 ブッシュ(共)426(39、53.4%)  テュカキス(民)111(12、45.6%)
1992 クリントン(民)370(33、43.0%) ブッシュ(共)168(18、37.5%)
1996 クリントン(民)379(31、49.2%)   ドール(共)159(20、40.7%)
2000 ブッシュ(共)271(30、47.9%)  ゴア(民)266(21、48.4%)
2004 ブッシュ(共)286(31、50.7%)  ケリー(民)251(20、48.3%)
2008 オバマ(民)365(29、52.9%)   マケイン(共)173(22、45.7%)
2012 オバマ(民)332(27、50.5%)   ロムニー(共)206(24、47.9%)

 最近は両党が獲得する州が固定化されてきている。民主党は青共和党が赤がシンボルカラーなので、それぞれブルー・ステイト、レッド・ステイトという。最近は南部、中西部が赤一色となり、カリフォルニアや東部の青がそれをはさむようになる。そのことを直近4回の図表で示しておきたい。表はウィキペディアから取ったもの。それぞれ左から、2012,2008、2004、2000とだんだん昔にさかのぼる。
    
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宮部みゆき「ペテロの葬列」

2016年05月11日 00時34分24秒 | 〃 (ミステリー)
 昨日は外国ニュースを書こうと思い、米大統領選にしぼって書いていたら、自分でも信じがたいミスをして全部消してしまった。資料を調べていて12時を過ぎてしまい、早く終わりたいという気持ちが強すぎた。もうなんだかトランプ現象などを書く気が失せてしまったけど、資料は面白いと思うので、いずれそのうちに。先に宮部みゆき「ペテロの葬列」(文春文庫、上下)を書いておきたい。
 
 宮部みゆきはずいぶん読んでいるが、最近は長すぎるものも多く、文庫で読めばいいやと思ってしまう。映画を見た「ソロモンの偽証」はやっぱり読もうかと文庫全6巻を買ってしまった。(図書館では順番がめぐってきそうもないので。)でも、やっぱり長くて、先に4月に文庫化された「ペテロの葬列」を読んだ。こっちも長いけど、面白くて止められない。そういう本は連休などにふさわしい。

 この小説は、「杉村三郎シリーズ」の三冊目。「誰か」という最初の本の段階では、こういう「大河小説」になるとは予想できなかった。2作目の「名もなき毒」が素晴らしい作品で、現代日本を描く大河小説の風格が出て来た。そして、次が今度の「ペテロの葬列」。最後の最後で、主人公に予想もしない転機が訪れる。とっても驚いたが、このシリーズは今後も続いていくようだ。

 大規模なテロとか、連続大量殺人とか、絶対に日本で起こらないとは言えないけど、自分が経験することは多分ないと思う。ミステリーやドラマの中では、毎日のように殺人が起こっているけど、殺人などの犯罪は確かに日本は少ない。でも、「職場の中の変な人」(「名もなき毒」)とか「詐欺みたいな電話」(「ペテロの葬列」)はけっこう多い。それなら自分も経験があるという人が多いだろう。実は全国の男性教師のほとんどは、一度は家に変な電話をかけられているのではないか。(生徒や職員と問題を起こしたが、今なら示談で済みそうなのでとかなんとか。僕のところにもあったらしいが、「教頭」と名乗った時点でもうアウトである。理由は東京の教員なら判るはず。)

 さて、杉村三郎シリーズは、そういう「ちょっとした犯罪」を扱うが、奥はものすごく深い。杉村という人は、好きになった女性が、実は「日本を代表するコンツェルン会長の愛人女性の娘」だった。結婚の条件として、児童書の編集者を辞めて義父の会社に入り、広報誌の副編集長をしている。だけど、時々会長の特命で「調査」という名の探偵みたいなことをすることがある。という絶妙のポジションで、会社と妻の一族を通して日本社会を見ている。

 今回はその編集の仕事で、引退した財務担当元重役のインタビューを取りに、編集長とともに千葉まで出かける。その帰りにバスジャックに合う。このバスジャック犯が奇妙な人物で、何となく乗客の気持ちをつかんでしまう。が、いつもは気丈な女性編集長が何故か途中から様子がおかしい。ということで、このバス内には老若男女相集い、そこで現代日本の縮図ともなっている。バスジャック事件の描写は緊迫したもので、どうなるどうなると思いつつも、やはり決着は訪れるわけである。だが、それで本はまだ上巻の半分程度。残りが4分の3もあって、一体どうなるんだろう。心配することもなく、実に破天荒な展開となっていくのである。まあ、少し書いてしまうとバス内で「冗談」のように語られていた「乗客への慰謝料」が本当に送られてくるのである。

 一体、犯人の真の素性は何なのか。杉村の調査が始まる。そうすると、この事件がある「大規模詐欺事件」と関わっているらしいことが判る。そして詐欺集団の黒幕として、昔の「企業戦士」を作るためのトレーニングに関わりがあるらしいことも。「人格改造」トレーニングなどが今も昔もあるが、そのような「人を思いのまま動かす」スキルをインチキ商法などに利用した人物がいたという設定である。いかにもホントらしい。そして、マルチ商法みたいなやり方の場合、「被害者であり加害者」という立場もある。自分もトータルとしてはつぎ込んだ金が戻ってないけど、その過程で友人知人を多数引き込んでしまい「加害者」でもあるような人である。この小説は、詐欺をめぐる重層的な人間模様をじっくり考える。

 ストーリイ展開に乗せられてあっという間に読んでしまうが、実に面白いと同時に怖い。昔「豊田商事事件」というのがあった。老人をだましていく悪徳商法が問題となったが、そのさなかに肝心の会長が「右翼」を名乗る人物2名により刺殺された。その場面がテレビで撮影されていたという衝撃的な結末だった。1985年のことである。大分昔になるから、この小説の中の杉村もよく覚えてないと語っている。皆がよく知っていた事件もどんどん忘れられる。そして人をだます手口は巧妙化して無くならない。

 その意味で、ミステリーとして面白いという理由ばかりではなく、このような「詐欺商法」をちゃんと知っておくためにも、ぜひこの本を若い人に読んで欲しい。そして、ミステリー以外の「人間観察」面で、老人も若者も、中小企業経営者も大学中退青年も、この小説は実によく書けている。人生で出会う人の数は限られる。本や映画を通して、自分の人間観察の技量を磨いておくほうがいい。上下巻合わせて、1390円。これを勧めても詐欺にはならない。元は十分取れる。
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