新年になってからは溜まってたミステリー小説を読みふけっているけど、少し飽きたので違う本を。2018年11月に岩波新書から刊行された斎藤美奈子「日本の同時代小説」を読むことにした。斎藤美奈子(1956~)は、『妊娠小説』『紅一点論』など初期のものがすごく面白かった。ずっと読んでるわけではないが、最近の小説をいっぱい読んでる人には違いない。この本はいろんな評価があるようだけど、まずはこういう本は必要なんじゃないかと思った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2b/fd/f75609eee0321eb9d73b22689f0a21e7_s.jpg)
冒頭に出ているけど、中村光夫『日本の近代小説』『日本の現代小説』という岩波新書がある。僕も若い時に読んで、すごく勉強になった。というか、作家や作品の名前と位置づけを知って、ブックガイドとして利用した。その後、そういう本がないから1960年代以後が書かれていない。そこでこの本の登場。ものすごく沢山の本が出てくる。昔と違って、今はエンターテインメント系、つまり直木賞作家にも触れないといけない。「ノンフィクション」として登場した作品も取り上げられている。こういうブックガイドがあると、若い世代の見通しが広くなるだろう。
昔は作家のグルーピングが簡単だった。「私小説」とか「プロレタリア文学」とか。戦後文学もそれにならって、「戦後派」「第三の新人」「内向の世代」などと言われた。でも70年代以後は一人一派で、まとまってない。70年代後半に戦後生まれの男性作家の大爆発があったと書かれている。中上健次、村上龍、三田誠広、立松和平、村上春樹らで、名前は広く知られているし、僕も登場直後から読んでる人が多い。でも一人ひとり別で「派」にはならない。だから作家ごとにまとめるのは難しいので、作品ごとに論じるとしている。
60年代、70年代なんかだと作品評価は定着しているし、「名作」なら大体読んでる。21世紀になると、有名なのは読んでるけれど、芥川賞候補レベルだと読んでないのが多い。21世紀の日本文学が、「戦争と格差社会」「ディストピアを超えて」と題されている。僕もこんなに「広義の戦争小説」が書かれていたかと驚いた。女性が子どもを産まないから少子化になったみたいなことを言う政治家にぜひ読ませたいと思った。日本の若い世代は戦争に駆り出されていたんだから、結婚も出産もできない。それはもちろん昔のような「戦争」ではない。でも若者たちは格差社会をギリギリで生き抜くしかなかったのかと暗澹たる思いがする。そこが一番の読みどころ。
ただし、そういう話は小説論というよりも、小説のテーマを通して時代を読むみたいになる。「小説社会学」という感じだ。そういう風に考えると、落ちている問題がある。最大のものは「同時代小説」と銘打たれていること。70年代に安部公房や大江健三郎を読んでいた若い世代(自分もそうだけど)は、同じようにATGで大島渚や吉田喜重の映画を見ていた。あるいはつげ義春のマンガや唐十郎のテント芝居にも触れていた。それは「文学」じゃないから仕方ないとしても、谷川俊太郎も大岡信も、別役実も清水邦夫も出て来ない。「小説」だけで時代を語ることがもう無理な時代になっていたのである。「同時代小説」だけど、この本は「同時代文学」でも「同時代精神史」でもない。
70年代後半に若い男性作家が続々と登場したけれど、若い女性作家の登場は80年代になる。その代表が山田詠美と吉本ばなな。その後、芥川賞や直木賞に女性作家が続々と登場するようになる。言われてみると、確かに男女で小説家になるタイムラグがあったなと思う。でも僕は思うんだけど、70年代半ばには池田理代子、竹宮恵子、萩尾望都らの少女漫画家が評判になっていた。荒井(松任谷)由実、中島みゆきらもデビューしていた。マンガや音楽の方が早かった。そこで思い出すのは、名前も全く触れられていないけど、評論家中島梓(1953~2009)が78年に栗本薫名義で書いたミステリー「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞したこと。その後長大なグイン・サーガを書いて早世した。いろんな意味で先駆者じゃなかったか。
最後に出て来ない作家を簡単に。70年代は「戦後派」や「第三の新人」の集大成的作品が書かれたが、安岡章太郎も庄野潤三も全く出ていない。堀田善衛も出て来ない。佐多稲子も戦前の「キャラメル工場から」が出てくるけど、70年代に書かれた「樹影」「時に佇つ」には触れない。最高齢作家の野上弥生子(1885~1995)の100歳の傑作「森」(1985)も時代離れしすぎているからか出て来ない。三浦哲郎、辻邦生、加賀乙彦、辻井喬、色川武大、日野啓三、尾辻克彦(赤瀬川原平)、野呂邦暢、李恢成、辺見庸、目取真俊、花村萬月などは全く出てない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/2b/fd/f75609eee0321eb9d73b22689f0a21e7_s.jpg)
冒頭に出ているけど、中村光夫『日本の近代小説』『日本の現代小説』という岩波新書がある。僕も若い時に読んで、すごく勉強になった。というか、作家や作品の名前と位置づけを知って、ブックガイドとして利用した。その後、そういう本がないから1960年代以後が書かれていない。そこでこの本の登場。ものすごく沢山の本が出てくる。昔と違って、今はエンターテインメント系、つまり直木賞作家にも触れないといけない。「ノンフィクション」として登場した作品も取り上げられている。こういうブックガイドがあると、若い世代の見通しが広くなるだろう。
昔は作家のグルーピングが簡単だった。「私小説」とか「プロレタリア文学」とか。戦後文学もそれにならって、「戦後派」「第三の新人」「内向の世代」などと言われた。でも70年代以後は一人一派で、まとまってない。70年代後半に戦後生まれの男性作家の大爆発があったと書かれている。中上健次、村上龍、三田誠広、立松和平、村上春樹らで、名前は広く知られているし、僕も登場直後から読んでる人が多い。でも一人ひとり別で「派」にはならない。だから作家ごとにまとめるのは難しいので、作品ごとに論じるとしている。
60年代、70年代なんかだと作品評価は定着しているし、「名作」なら大体読んでる。21世紀になると、有名なのは読んでるけれど、芥川賞候補レベルだと読んでないのが多い。21世紀の日本文学が、「戦争と格差社会」「ディストピアを超えて」と題されている。僕もこんなに「広義の戦争小説」が書かれていたかと驚いた。女性が子どもを産まないから少子化になったみたいなことを言う政治家にぜひ読ませたいと思った。日本の若い世代は戦争に駆り出されていたんだから、結婚も出産もできない。それはもちろん昔のような「戦争」ではない。でも若者たちは格差社会をギリギリで生き抜くしかなかったのかと暗澹たる思いがする。そこが一番の読みどころ。
ただし、そういう話は小説論というよりも、小説のテーマを通して時代を読むみたいになる。「小説社会学」という感じだ。そういう風に考えると、落ちている問題がある。最大のものは「同時代小説」と銘打たれていること。70年代に安部公房や大江健三郎を読んでいた若い世代(自分もそうだけど)は、同じようにATGで大島渚や吉田喜重の映画を見ていた。あるいはつげ義春のマンガや唐十郎のテント芝居にも触れていた。それは「文学」じゃないから仕方ないとしても、谷川俊太郎も大岡信も、別役実も清水邦夫も出て来ない。「小説」だけで時代を語ることがもう無理な時代になっていたのである。「同時代小説」だけど、この本は「同時代文学」でも「同時代精神史」でもない。
70年代後半に若い男性作家が続々と登場したけれど、若い女性作家の登場は80年代になる。その代表が山田詠美と吉本ばなな。その後、芥川賞や直木賞に女性作家が続々と登場するようになる。言われてみると、確かに男女で小説家になるタイムラグがあったなと思う。でも僕は思うんだけど、70年代半ばには池田理代子、竹宮恵子、萩尾望都らの少女漫画家が評判になっていた。荒井(松任谷)由実、中島みゆきらもデビューしていた。マンガや音楽の方が早かった。そこで思い出すのは、名前も全く触れられていないけど、評論家中島梓(1953~2009)が78年に栗本薫名義で書いたミステリー「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞したこと。その後長大なグイン・サーガを書いて早世した。いろんな意味で先駆者じゃなかったか。
最後に出て来ない作家を簡単に。70年代は「戦後派」や「第三の新人」の集大成的作品が書かれたが、安岡章太郎も庄野潤三も全く出ていない。堀田善衛も出て来ない。佐多稲子も戦前の「キャラメル工場から」が出てくるけど、70年代に書かれた「樹影」「時に佇つ」には触れない。最高齢作家の野上弥生子(1885~1995)の100歳の傑作「森」(1985)も時代離れしすぎているからか出て来ない。三浦哲郎、辻邦生、加賀乙彦、辻井喬、色川武大、日野啓三、尾辻克彦(赤瀬川原平)、野呂邦暢、李恢成、辺見庸、目取真俊、花村萬月などは全く出てない。