尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国映画「1987、ある闘いの真実」

2019年02月25日 22時41分39秒 |  〃  (新作外国映画)
 2018年に公開された韓国映画「1987、ある闘いの真実」は公開当時に見逃してしまった。公開規模も小さかったし、娯楽要素もたっぷりの「タクシー運転手」ほど評判にならなかった。しかしキネマ旬報ベストテン8位に入った。DVDもすでに出ているが、東京なら名画座でスクリーンで見られる。是非見たいと思っていたので、機会を逃さず行くことにした。(飯田橋のギンレイホールで3月8日まで、高田馬場の早稲田松竹で3月9日から15日。)
 
 民主化宣言から30年、まさに望まれた映画化だろうが、パク・クネ政権当時は製作が難しく崩壊後に製作に取り掛かったという。そのため韓国での公開は2017年12月27日とギリギリになってしまった。1987年当時の街並みはどこにも残っていなくて、大規模なオープンセットを建てたとか。(拷問警官を告発することになる明洞の聖堂は韓国民主運動史に名高いが、これは本物のロケが許されたという。)こうした努力による「ホンモノ感」が素晴らしい。

 僕は1980年に初めて韓国を訪れてハンセン病回復者定着村でキャンプした。その後で光州に寄った思い出がある。1987年にはもう就職していたが、民主化運動と翌年に控えたソウル五輪で大きく変わるだろう韓国のムードに触れたいと思って、夏休みに韓国を訪れた。(この時に韓国最高峰の済州島のハンラ山に登った。)ソウルの街の様子はまさに思い出の再現だった。ラスト近くになって、多数の学生・市民が街頭に出て、命を懸けて独裁政権を打倒し、自由と民主を実現する。しかし多くの犠牲もあった。そのシーンになると、もう涙が止まらない。

 しかし、これは全体としては「民主化運動」の映画という以上に、ソウル大生拷問致死事件をきっかけに起こった、生き残りを掛けた「警察権力の内部抗争」を描いた映画だろう。思想警察というものは体制を問わず、法も正義もなくひたすら強圧的にふるまう。その内部抗争はある意味で、韓国で営々と作られてきたギャング組織や政財界の闇を描くノワール映画と同じ構造である。

 警察内で「対共対策」の責任者をしているパク所長キム・ユンソク、拷問致死を疑って解剖なしの火葬を認めないチェ検事ハ・ジョンウ。韓国ノワールの傑作「チェイサー」の出演者がやっていて、その好演がこの映画の安定した面白さの源泉になっている。キム・ユンソクは青龍映画賞、百想芸術賞で主演男優賞を獲得した。悪役が印象的な映画は面白い。この映画では正義の民主運動家以上に、朝鮮戦争で北から逃れてきたパク所長の造形が強烈である。
 (ハ・ジョンウとキム・ユンソク)
 刑務所看守で民主化運動に協力しているハン・ビョンヨン、その姪でデモに巻き込まれる女子大生ヨニ、この二人だけが創作で、後は実在人物だという。思想警察が暴走して時には拷問まで行うことには、体制内部でも検察や刑務所では批判がある。表立っては「大統領の意向」を「忖度」し、あるいは「食事でもしろ」と付きだされる金の力で覆い隠されている。だけど、あくまでも真相を求め、人権と民主を求める人々の力によって、権力にひびが入っていくのである。

 力強いドラマを作り上げたのはチャン・ジュナン監督。「ファイ 悪魔に育てられた少年」(2013)という映画が日本でも公開されている。1970年生まれだから、この映画の時代には高校生として知っているはずだ。1987年1月に起こったパク・ジョンチョル(朴鐘哲)の拷問致死事件に関しては、ウィキペディアに詳しい記述がある。1987年の民主化運動は、それまでの長い苦難の道のりを経てのもので、野党政治家や宗教界、労働運動なども深い関わりがある。
 (チャン・ジュナン監督)
 映画を見ると、まるで学生たちだけで体制を倒したような感じも受けてしまうが、もちろんそうではない。民主化勢力も複雑だが、1988年にソウル五輪を控えていて、体制側もあくまでも弾圧を続けることはできなかった。大統領直接選挙を実現したが、その選挙では野党陣営から金泳三、金大中の二人が立ち、軍政の後継者ノ・テウ(慮泰愚)が当選してしまう。歴史は一直線では進まないが、それでも「自ら勝ち取った民主主義」を伝えて行こうという強い思いが伝わる。日本ではこういう映画が作れるだろうか。その前に世代を超えて伝える歴史を持っているだろうか。多くの人が自省しつつ刮目してみるべき映画。
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