葛飾区柴又の散歩記。柴又は案外行きにくい。大方は京成金町線柴又駅から行くだろう。金町線というのは、京成高砂から柴又を経て金町駅に通じる短い線。金町はJR常磐線も通じている(が、JRじゃなくて東京メトロ千代田線しか止まらない)。寅さん記念館で昔の寅さん映画のビデオを見たら、京成電車が「押上」行になってたけど、今はそれはあり得ない。昔は上野や押上への直通電車があった。2010年に高架化され、すべての電車が金町ー京成高砂間の往復となったという。(今初めて知った。)
駅前に「男はつらいよ」の寅さん像が造られたのが1999年。寅さんだけでは寂しいと「見送るさくら像」も2017年に立てられた。どっちもカメラ(スマホ)を向ける人でいっぱいだが、平日なら少し待てば大丈夫だろう。僕は寅さん像も初めてだけど、さくら像の方が見たい。実は寅さん映画の傑作が相次いだ70年代初期から半ばに掛けての倍賞千恵子が大好きなのである。だから「さくらを見る会」。
倍賞千恵子はデビュー時から「下町の太陽」として人気を博し、寅さんシリーズでは助演で支えた。観客はどうしても渥美清とマドンナ女優を見てしまう。バイタリティあふれる妹もいて、どうも倍賞千恵子は「美人女優」と認識されず損をしてる。でも70年代半ばの寅さんシリーズを見ると、倍賞千恵子演じる「さくら」の美しさにはっとさせられる瞬間がある。上の写真は「寅さんから見たさくら」「さくらから見た寅さん」「寅さん像下の山田洋次の文章」「さくら像下の山田洋次の文章」。
駅前から間違いようもなく帝釈天参道に出る。一回車道を渡るが、そのまま少し曲がりつつ帝釈天に至る。この辺りは文化庁の「重要文化的景観」に2018年に指定された。確かに古き良き情緒を感じられるが、案外短い。映画では全体を映さないから、浅草の仲見世ぐらいありそうな感じを受けるが、そこまでではない。昔からの団子屋に加えて、くず餅の船橋屋や亀戸升本など他地域の店もあった。
参道はどうしても他の客が映り込んでしまう。撮ってる時は自分の意識内でシャットアウトしてるわけだが、後で見ると人が大きすぎる。それが帰りにまた通ったら、夕陽が向こう側から差し込み、客も少なくなって街灯も点いていい感じ。
参道が終わると見えてくる山門が「二天門」。通れば題経寺(だいきょうじ)である。1629年開基と伝えられる日蓮宗寺院だが、この地域は下総中山の法華経寺の勢力が強く、その影響で開かれたと思われる。帝釈天とは何だとは僕もよく知らない。調べれば判るから省略。「庚申」(こうしん、かのとさる)の日が縁日で賑わう。漱石の「彼岸過迄」にも出てくるというが忘れた。現在のお堂がいつ建ったのか、全然出て来ないが、特に文化財指定もないんだから、割と新しいんだろう。
帝釈堂の周りには仏教の縁起を彫った彫刻がズラッとあって「彫刻ギャラリー」と呼ばれている。庭園と一緒に有料で公開されているが、是非見るべき。1922年から1934年にかけ彫られたもので、仏教説話に基づく意味が書いてあるが不案内で判らない。庭園も見終わって江戸川土手に向かうと、お寺の外に石柱があって名前が彫ってあった。写真を拡大すると、渥美清、倍賞千恵子、三崎千恵子の名が刻まれている。その隣が春風亭柳昇で、昇太の師匠だった落語家。
江戸川土手に登ると、広々して気持ちがいい。映画でも背景によく映ってる塔のような施設は「取水塔」で、「東京水道名所」に選ばれている。塔は二つあって、映画の背景によく出てきた。1枚目の写真左に見える「金町浄水場」で浄水され、東京東部の水道に送られる。確か小学校で見学したと思う。
上の写真が「矢切の渡し」で、3枚目が「矢切の渡し」の歌碑。今は土日祝日しか渡し船は出ない。向こうは千葉県である。30数年前に乗って渡った思い出がある。
そこから山本亭を見て、葛飾柴又寅さん記念館。公園の下にある立地にビックリ。リニューアルされて、なかなか充実している。「男はつらいよ」を全然知らない人は楽しめないだろうけど、そういう人は元々入らない。ファンだったら楽しめると思う。2枚目は上の方に昔の松竹映画のポスターが貼ってあった。左から「淑女は何を忘れたか」(小津)、「陸軍」(木下恵介)、「愛染かつら」「君の名は」「東京物語」で一番右が見えないけど「二十四の瞳」。「山田洋次ミュージアム」が併設されている。
駅前に「男はつらいよ」の寅さん像が造られたのが1999年。寅さんだけでは寂しいと「見送るさくら像」も2017年に立てられた。どっちもカメラ(スマホ)を向ける人でいっぱいだが、平日なら少し待てば大丈夫だろう。僕は寅さん像も初めてだけど、さくら像の方が見たい。実は寅さん映画の傑作が相次いだ70年代初期から半ばに掛けての倍賞千恵子が大好きなのである。だから「さくらを見る会」。
倍賞千恵子はデビュー時から「下町の太陽」として人気を博し、寅さんシリーズでは助演で支えた。観客はどうしても渥美清とマドンナ女優を見てしまう。バイタリティあふれる妹もいて、どうも倍賞千恵子は「美人女優」と認識されず損をしてる。でも70年代半ばの寅さんシリーズを見ると、倍賞千恵子演じる「さくら」の美しさにはっとさせられる瞬間がある。上の写真は「寅さんから見たさくら」「さくらから見た寅さん」「寅さん像下の山田洋次の文章」「さくら像下の山田洋次の文章」。
駅前から間違いようもなく帝釈天参道に出る。一回車道を渡るが、そのまま少し曲がりつつ帝釈天に至る。この辺りは文化庁の「重要文化的景観」に2018年に指定された。確かに古き良き情緒を感じられるが、案外短い。映画では全体を映さないから、浅草の仲見世ぐらいありそうな感じを受けるが、そこまでではない。昔からの団子屋に加えて、くず餅の船橋屋や亀戸升本など他地域の店もあった。
参道はどうしても他の客が映り込んでしまう。撮ってる時は自分の意識内でシャットアウトしてるわけだが、後で見ると人が大きすぎる。それが帰りにまた通ったら、夕陽が向こう側から差し込み、客も少なくなって街灯も点いていい感じ。
参道が終わると見えてくる山門が「二天門」。通れば題経寺(だいきょうじ)である。1629年開基と伝えられる日蓮宗寺院だが、この地域は下総中山の法華経寺の勢力が強く、その影響で開かれたと思われる。帝釈天とは何だとは僕もよく知らない。調べれば判るから省略。「庚申」(こうしん、かのとさる)の日が縁日で賑わう。漱石の「彼岸過迄」にも出てくるというが忘れた。現在のお堂がいつ建ったのか、全然出て来ないが、特に文化財指定もないんだから、割と新しいんだろう。
帝釈堂の周りには仏教の縁起を彫った彫刻がズラッとあって「彫刻ギャラリー」と呼ばれている。庭園と一緒に有料で公開されているが、是非見るべき。1922年から1934年にかけ彫られたもので、仏教説話に基づく意味が書いてあるが不案内で判らない。庭園も見終わって江戸川土手に向かうと、お寺の外に石柱があって名前が彫ってあった。写真を拡大すると、渥美清、倍賞千恵子、三崎千恵子の名が刻まれている。その隣が春風亭柳昇で、昇太の師匠だった落語家。
江戸川土手に登ると、広々して気持ちがいい。映画でも背景によく映ってる塔のような施設は「取水塔」で、「東京水道名所」に選ばれている。塔は二つあって、映画の背景によく出てきた。1枚目の写真左に見える「金町浄水場」で浄水され、東京東部の水道に送られる。確か小学校で見学したと思う。
上の写真が「矢切の渡し」で、3枚目が「矢切の渡し」の歌碑。今は土日祝日しか渡し船は出ない。向こうは千葉県である。30数年前に乗って渡った思い出がある。
そこから山本亭を見て、葛飾柴又寅さん記念館。公園の下にある立地にビックリ。リニューアルされて、なかなか充実している。「男はつらいよ」を全然知らない人は楽しめないだろうけど、そういう人は元々入らない。ファンだったら楽しめると思う。2枚目は上の方に昔の松竹映画のポスターが貼ってあった。左から「淑女は何を忘れたか」(小津)、「陸軍」(木下恵介)、「愛染かつら」「君の名は」「東京物語」で一番右が見えないけど「二十四の瞳」。「山田洋次ミュージアム」が併設されている。