2020年12月の岩波新書新刊、菊池秀明「太平天国」を読んだ。清朝末期に起こった太平天国の乱(1851~1864)は一時は中国南部を広く支配し、同時期に起こったインドのシパーヒーの乱(セポイの乱、1857~1959)と並び世界史的大事件として教科書にも大きく載っている。僕も一応表面的には知っているけど、そう言えば新書で読んだことはなかった。参考文献を見ると、かつて増井経夫「太平天国」という本が岩波新書にあったが、1951年刊行だから古すぎる。他には研究書はあっても一般向けの本はなかったのである。
よく太平天国について言われることは、指導者の洪秀全(1814~1864)がキリスト教の影響を受けていたこと、土地の均分や男女平等を唱えたことなどである。だから近代的な革命運動みたいな感じを受けることになる。ウエスタン・インパクト(西洋の衝撃)を受けキリスト教に影響された「反帝国主義運動」という受け止め方を何となくしていた気がする。
(洪秀全)
この本を読んで思ったのは、太平天国はそんなロマンティックな革命幻想で語れるものではないということだ。太平天国支配下では、家族が解体され男女が別々に別れさせられる。夫婦が会っただけで「密会」として殺されてしまうんだから、カンボジアのポル・ポト政権みたいである。偶像崇拝を厳しく禁じ、儒仏道の偶像を破壊して回ったから中国史では文化大革命というべきか。
あまり細かな経過は書かないが、もともと広東省の客家(はっか=中原から移民して独自の風習を守り続けた人々)に生まれた洪秀全は、科挙に何度も合格できずに失意の時期に不思議な夢を見た。その夢で見た不思議な老人を、プロテスタントの宣教師が配っていたキリスト教の神ヤハウェと理解したのである。もっとも中国で理解されやすいように「上帝」と翻訳されていた。そして自分は神の子イエスの弟であると主張した。人は「上帝」にこそ従うべきで、だから清朝の「皇帝」は認めない。太平天国では洪秀全のもと、5人の「王」がいる体制が作られた。
(太平天国関係地図)
太平天国の乱は広西州の辺境で始まり、やがて長江一帯に攻め進み南京を攻略して「天京」と改名した。しかし、農村的色彩が強かった太平天国軍は都市を収奪する。清軍の重税と腐敗は驚くほどで、それに比べて規律正しい太平天国軍が勝ち進むのは当然だった。しかし、やはり都市を支配すると様々な矛盾が出て来る。男女平等どころか、洪秀全らは「後宮」を持っていたし、複雑な内部対立が存在した。キリスト教を旗印にしていたので欧米各国も注目したが、支援はしなかった。洪秀全が「イエスの弟」なんだから欧米各国の王より上になるリクツで、太平天国からすれば欧米が「朝貢」すべきなのである。
著者の菊池氏は国際基督教大学教授。冒頭で最近の香港問題などに触れ、「中国の民主化は可能なのか」という視点で太平天国をとらえている。実際本書を読んでみると、歴史的に太平天国に一番似ている組織は「中国共産党」ではないかと思った。欧米由来の思想を「中国化」して受容し、古来より中国に根強い平等願望に応える規律ある革命として出発する。
しかし、皇帝打倒を目指したはずが、いつの間にか名前は違うが事実上の「皇帝」を生み出していく。その過程で多くの闘争が繰り返され、膨大な人名が失われる。そっくりだが、ではなぜ太平天国は壊滅し、共産党は全国を統一出来たのか。そんな中国史の難問を思い浮かべながら、「人類史上最悪の内戦」を考える本だった。
よく太平天国について言われることは、指導者の洪秀全(1814~1864)がキリスト教の影響を受けていたこと、土地の均分や男女平等を唱えたことなどである。だから近代的な革命運動みたいな感じを受けることになる。ウエスタン・インパクト(西洋の衝撃)を受けキリスト教に影響された「反帝国主義運動」という受け止め方を何となくしていた気がする。
(洪秀全)
この本を読んで思ったのは、太平天国はそんなロマンティックな革命幻想で語れるものではないということだ。太平天国支配下では、家族が解体され男女が別々に別れさせられる。夫婦が会っただけで「密会」として殺されてしまうんだから、カンボジアのポル・ポト政権みたいである。偶像崇拝を厳しく禁じ、儒仏道の偶像を破壊して回ったから中国史では文化大革命というべきか。
あまり細かな経過は書かないが、もともと広東省の客家(はっか=中原から移民して独自の風習を守り続けた人々)に生まれた洪秀全は、科挙に何度も合格できずに失意の時期に不思議な夢を見た。その夢で見た不思議な老人を、プロテスタントの宣教師が配っていたキリスト教の神ヤハウェと理解したのである。もっとも中国で理解されやすいように「上帝」と翻訳されていた。そして自分は神の子イエスの弟であると主張した。人は「上帝」にこそ従うべきで、だから清朝の「皇帝」は認めない。太平天国では洪秀全のもと、5人の「王」がいる体制が作られた。
(太平天国関係地図)
太平天国の乱は広西州の辺境で始まり、やがて長江一帯に攻め進み南京を攻略して「天京」と改名した。しかし、農村的色彩が強かった太平天国軍は都市を収奪する。清軍の重税と腐敗は驚くほどで、それに比べて規律正しい太平天国軍が勝ち進むのは当然だった。しかし、やはり都市を支配すると様々な矛盾が出て来る。男女平等どころか、洪秀全らは「後宮」を持っていたし、複雑な内部対立が存在した。キリスト教を旗印にしていたので欧米各国も注目したが、支援はしなかった。洪秀全が「イエスの弟」なんだから欧米各国の王より上になるリクツで、太平天国からすれば欧米が「朝貢」すべきなのである。
著者の菊池氏は国際基督教大学教授。冒頭で最近の香港問題などに触れ、「中国の民主化は可能なのか」という視点で太平天国をとらえている。実際本書を読んでみると、歴史的に太平天国に一番似ている組織は「中国共産党」ではないかと思った。欧米由来の思想を「中国化」して受容し、古来より中国に根強い平等願望に応える規律ある革命として出発する。
しかし、皇帝打倒を目指したはずが、いつの間にか名前は違うが事実上の「皇帝」を生み出していく。その過程で多くの闘争が繰り返され、膨大な人名が失われる。そっくりだが、ではなぜ太平天国は壊滅し、共産党は全国を統一出来たのか。そんな中国史の難問を思い浮かべながら、「人類史上最悪の内戦」を考える本だった。